あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

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Game 1965:(左端から時計回りに)Jim・Allen・Terry Spencer・Terry Boyes・Tony

いろいろあって更新がはかばかしくありませんが、当面は超スローペースではあるものの続けていくつもりです。

今回は、Mod/Freakbeat関連でカルト的な人気を持つThe Gameを取り上げたいと思います。
GameはMod/Freakbeat関連のオムニバスにチラホラと収録されているので、気にされている方は意外といるのではないかと思いますが、本当に別々に1曲か2曲ずつ収録されているので、なかなか音源が揃わないマニア泣かせのグループです。

実質3~4年程度の短い活動期間で、シングルも4枚(実質3・5枚)しかリリースしていないので、本国でもさほど詳しいデータは見つからなかったのですが、例によって出来る限り執念でかき集めて整理してみました(笑

SecretsのメンバーだったTerry Spencer・Allen Janawayを中心に、サリー州ミッチャムで64年に結成。
結成時のメンバーは、Spencer(G)(このグループはTerryという名のメンバーが複数人出入りしているので苗字で表記します)・Allen(B)・Tony Bird(G.Vo)・Jim Nelson(Ds)・Terry Boyes(Vo)の5人で、この時点で18歳が3人・14歳が2人という少年グループでした。
はっきり分かっているのは当時Spencerが18歳、Tonyが14歳だったと言うことですが、上の画像化で判断するとAllenとBoyesが18歳、Jimが14歳といったところでしょうか?
こういった少年たちで結成されたグループは、だいたい破天荒な振る舞いや悪さのエピソードが残されているものですが、残念ながら彼らのそういったエピソードは残されていないようです(笑
ふざけて冷凍庫とかに入ったりはしなかったようですね(笑

65年、俳優・作曲家でSmall Facesに「Sha La La La Lee」などの自作曲を提供したことでもよく知られているKenny Lynchとマネージメント契約を結び、同年Pyeからデビューシングルをリリース。
このシングルの時点では、まだありふれたマージービート的なサウンドでしたが、同年登場したWhoに影響を受けたようで、フィードバックを多用した荒々しいサウンドに変化していきます。

66年、Terry Boyesが脱退、SpencerはErstwhileのギター/ボーカルのRay Charsleyをオーディションに誘い、ボーカリストとして加入させました。
このメンバーで、Stonesが使用していたことでも知られているR.G.Jones(Oak Records)のスタジオで新たに4曲をレコーディング、その中からセッションドラマーのBobby Wackettの書いた「Gonna Get Me Someone」と、SpencerとRay共作の「Gotta Wait」を選んで、新たに契約したDeccaからシングルとしてリリース。

このシングルを引っさげて「Ready Steady Go」に初出演。
出演時、Alan Priceなどの有名人に囲まれて、Rayはメッチャ緊張したとか(笑
Pyeよりはプロモートされたものの、このシングルの売り上げも思わしくなかったようで、RayとJimが脱退。
今度は新たなボーカリストは加入させず、ギターとバッキングボーカルを担当していたTonyがボーカル専任にシフト、ドラムスはSecretsで同僚だったTerry Brown(Goodsell)が加入。

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Game 1966:(左端から時計回りに)Spencer・Allen・Tony・Brown

今度はParlophoneと契約し、66年末にR.G.Jonesのスタジオでレコーディングした新曲「The Addicted Man/Help Me Mummy's Gone」を受け渡して、翌67年に入ってからリリース。

2曲ともサイケデリックなアプローチを施した意欲作だったものの、プロモーションのためにTV番組「Juke Box Jury」でこの曲が流されたことがあだとなって、「The Addicted Man」のドラッグを賞賛する歌詞にクレームが入り急遽回収、A面を差し替えて再リリースしたものの、この回収騒ぎでEMIの背広組を激怒させたことは間違いなく、ろくにプロモートしなかったようで(ま、仕方ないけどね)、結局ほとんど売れることはなかったようです。

その後Allenが脱退、Ray Charsleyの在籍したErstwhileのベーシストStan Deckerが加入するも、67年一杯で活動停止したようです。

68年に入ってから、SpencerとStanは新グループLavender Groveを結成、R.G.Jonesのスタジオで2曲をレコーディングしたものの、件の回収騒ぎがよほど響いたのか契約を得られなかったようで、アセテート盤が残されるのみであえなく解散。
ちなみに、グループ名はSpencerの彼女が住んでいた地域の名称から取ったらしいです。

二人は69年にGrailを結成、Rod Stewartプロデュースでレコーディングし、ドイツとフランスのみでシングルとアルバムを各1枚ずつリリースしています。
なお、Spencerはすぐに脱退したようで、このレコーディングには参加していないようです。

Tony Birdは70年代にソロシングルをリリースして、Gameに在籍したメンバーの中では比較的成功を収めています。

とまあ、当時は鳴かず飛ばずだった彼らですが、80年代以後にフリークビート系としてカルト的な人気を得て再評価され、90年代半ばには再結成してシングルをリリースしています。

CDレビューはまた後日。




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  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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