あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

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(真ん中のでかい顔から時計回りに)
Pepe,Arto,Kicke,Hasse(ヒゲ),Kaj,Raul,Kurt,Matti(ヒゲ),Seppo

さて、今回はフィンランドのJormasです。
「よ~るます」(「る」は小さく巻き舌)と読みます。

Jormasは、Jim & The Beatmakers出身のSeppo "Sepi" Keurulainen
(G,Vo)、Raul "Ralle" Wikström (Vo)の2人に、Pertti "Pepe" Willberg
(Vo,G)、Kaj "Kaiju" Wallin(Ba)、 そしてスウェーデン人のKurt "Kurre"
Mattson(Ds)の3人を加えて65年に結成されています。

HMVからのデビューシングル「Mr. Tambourine Man / New Orleans 」リリース
時にはBeatmakers名義でしたが、その後マネージャーの名前‘Jorma'から拝
借してJormasに落ち着いたようです。

Jormasの前期時代(65~66年)はメンバーの入れ替わりが多かったようで、66年に
まずベースのKajが兵役で抜け、Christer "Kicke" Bergholmが加入、次にギター
のSeppoが抜け、後にBlues Section(Wigwamの前身的なグループ)に参加する
Hannes "Hasse" Walli が加入とせわしない状況だったようです。

66年にそれまでのシングル曲に新録3曲(直後に2曲はシングルカットされますが)を
加えて、HMVから1stアルバム「Jormas」をリリース。
アルバム用の曲を収録していた時期にボーカルのRaulが抜け、以後Pepeがボーカル
に専念することに。

さらに追い討ちをかけるようにメンバーの脱退が続きます。
HasseがBlues Section参加のため脱退、さらにドラムスのKurtも脱退し、ついに
PepeとKickeの2人だけになってしまいます。

翌67年、Seppoを呼び戻して、新たに2人のメンバーを加入させ、Pepe(Vo)Kicke
(Ba)Seppo(G,Vo)、そして新メンバーのArto "Mamba" Koskinen(Key)Matti
"Keisari" Oiling(Ds)の5人で活動を続けます。
同年Parlophoneに移籍し、68年に2nd「Sincerely!」をリリースしますが、その後2
枚のシングルを残して解散します。

PepeはWigwamのJim Pembrokeらと並んで、フィンランドのミュージックシーンの
大御所的存在です。
Seppoは81年に亡くなっているようです。

【“Jormas(Finland)”の続きを読む】
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Churchill's 1968:(L to R)Miki・Ami・Haim・Rob・Stan

今回はイスラエルのChurchill'sです。
このジャケットも見たことがある方も多いかと思います。

Churchill'sは65年にYtshak Klepter(G)・Haim Romano(G)・Michael(Miki) Gabriellov(B)・Ami Tribich(Ds)・Selvin Lifshitz(Vo)の5人で結成。
グループ名はYtshakのニックネーム「Churchill」と、デビュー前にギグのたびに変えていたグループ名の中の「Churchill's Hermits」(どのグループのもじりかは言うまでもありませんね)が由来で、デビューする際に単に「Churchill's」にしたとか。
「's」なのはその名残なんですね(笑
しかし、こんなニックネームをつけられたYtshak、はたして顔に似ていたのか、性格(チャーチルはイギリスでジョークのネタになるくらい毒舌だったそうです)が似ていたのかは謎ですが、どちらにしてもイヤだったろうな(笑

デビュー直前にそのYtshakとSelvinが兵役によって脱退、Ytshakはその後Stylesに参加します。
そして新たなボーカリストとしてカナダ人でR&BマニアだったStan Solomon(Vo)が加入。
StanはYtshakの代わりとして、TornadoesのギタリストだったRob Huxleyをメンバーに薦め、Robを加えた新たなラインナップになりました。

この英米の最先端のサウンドを理解した2人の加入によって、Churchill'sのサウンドは劇的に変化していきました。

そして68年にCBSからデビューを果たしました。

サイケデリック・ムーブメント真っ只中の68年にデビューした彼らは、サイケ・R&B・イスラエルのトラッドなどの要素が渾然一体となった超個性的な音楽性です。
有名なグループで例えると、Doorsかな?
でも、Doorsほど陰鬱な印象ではなくて、もっと暑苦しいです(笑
かと思えば、バッハの曲をアレンジしたものをシングルでリリースしたり、結構スタイルを捉えにくい面があります。
ちょっとジミヘンっぽい部分もあります。

69年にリリースされたChurchill's名義では唯一のアルバムは、イスラエル映画「A Woman's Cafe」のサントラをレコーディングしたものが、最終的に彼ら名義でのアルバムになったとか。

アルバムリリース後、ボーカルのStanが脱退、父親がやっている家業を手伝うために、そしてごく普通の生活に戻るためにカナダに帰国してしまいます。
リード・ボーカルを欠いた状態では活動もままならず、2代目ボーカルDannyが加入するまで、フォーク/ポップシンガーのライブ&レコーディングのバッキングを努めたりしていたそうです。

また、その時期にイスラエル交響楽団との共演という、まるでDeep Purpleみたいな仕事がきっかけでレコーディングされたのが、69年にリリースされたシングル「Churchill Sebastian Bach」で、先に述べたバッハの曲をアレンジしたものを楽団と演奏していたマテリアルのうち2曲をバンドのみの演奏で収録したものです。

そして70年、Robの要請によりLions Of Judahから、2代目ボーカリストとしてDanny Shoshanが加入。
DoorsっぽいボーカルスタイルだったStanに対して、DannyはLed Zeppelinっぽい高音シャウターだったため、Churchill'sはハードロック寄りのサウンドに変化していくことになります。

この新ラインナップで「She's A Woman」「Living Loving (Maid)」のカバーなどのシングルをリリース。

71年にイギリスに渡り、「Jericho Jones」とグループ名を変えて新天地で再スタート、Jericho名義を含めて2枚のアルバムをリリースしたものの、レコードの売れ行きは芳しくなかったようで、73年には活動を停止しています。





【“Churchill's (Israel)”の続きを読む】 このページのトップへ

最も有名な写真です
Olympic 1968:(L to R)Pavel・Miroslav・Jan・Ladislav・Petr


09.7.17:その後に分かったことも加えて、ほとんど全部書き換えました(笑


東欧第1弾は、60年代の旧チェコスロバキアで最も人気があった、そして90年代に到る長きに渡って活動した大物グループOlympicです。

ある程度ロックを聴いてきた方、特にサイケ・プログレ方面が好きな方なら、この変なカメのジャケットをみたことがあるんじゃないかと思います。

Petr Janda(Vo/Lead G)と中心にプラハで62年に結成、当初はKarkulkaと名乗っていたそうですが63年にOlympicと変更。
63年当時は基本編成にサックスなどを含めた7人編成で、65年までは複数のポップ・シンガーのバック、いわゆる「○○とOlympic」名義でのシングルをレコーディングを務めていたようで、単独名義ではインストものを数曲残しています。
また、64~65年の間に東ドイツAmigaでも数曲レコーディングしており、Amiga録音を含むこの時期の音源は本国のBontonから出てた「Singly 1(64-65)&2(65-69)」で聴くことができますが、廃盤で現在は入手困難です。
バックバンド時代の音源はメンバーがボーカルをとっていないし、サウンドもかなりオールディーズ的なので一般的なOlympicのイメージで聴くとかなーり厳しいです(笑

65年から本格的にグループ単体で活動開始。
この段階で在籍した結成時からのオリジナルメンバーPetr Janda・Miroslav Berka(Key)・Pavel Chrastina(B,Vo)・František Ringo Čech(Ds,Vo)のうち、単独名義での1stシングルリリース後にFrantišekが脱退、バックバンド時代から時々代理を務めていたJan Antonín Pacákと、(おそらく)Petrの弟Ladislav Klein(G,Vo)が加入。
69年までの特別な時代を通して、この5人で活動していきます。

65~69年のラインナップ

イケメンが3人もいたので、音楽自体だけでなくアイドル的人気も高かったみたいです(笑

Petr(作曲)&Pavel(作詞)を中心にしたオリジナル指向になり、そういう意味でも65年からが「Olympic」としてのスタートと言えますね。
シングルをリリースするごとに楽曲・演奏共に良くなっていき、67年のロック・レヴォリューションの波を受け、徐々にサイケデリックな要素も取り込んで行きました。
67年にはチェコスロバキア初のロック・フェスティヴァル「1st Czechoslovak Beat Festival」に出演、サイケ&フリークビート的なイキのいい演奏を見せています。

そして68年、所属レーベルSupraphonから待望の1stアルバム「Želva」がリリースされました。


【“Olympic(Czecho-Slovakia) /Želva(1968)”の続きを読む】 このページのトップへ
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おおっと、知ってても言わなくてもいいからね(笑

「My Generation」に続いて、「A Quick One」のBoxが間もなくリリースしますね。
「My Generation」は最初から1枚もののプラケ仕様でもリリースしてくれたので迷うことなくそっちを買ったんですが、、「A Quick One」はどうやらBox仕様のみでのリリースのようで、非常に頭を悩ませています。

ご覧の通り、95年に出たリマスター盤を持っているんですが、できればフルモノバージョンが欲しいのがマニアの性ですね(笑

今回のBoxのモノバージョンの方は、アルバム完全モノ仕様に加え、今までのリマスター盤に収録されていなかった「I'm A Boy」などのシングルが追加されているのが個人的にはかなりのツボで、かなり欲しいんですよね。

しかし、問題が4つ。
一つは紙ジャケ。
(゜A゜)イラネ
オラ、紙ジャケ嫌いだでよ(笑
もう一つはステレオバージョン。
(゜A゜)イラネ
多分聴かないしね(笑
もう一つは箱。
(゜A゜)イラネ
邪魔なんだよなーBoxって。

そして、最大の問題は、言うまでもなく1万円と言う価格。

もう音楽ヲタやめて、イッパソになろう(笑
イッパソはこんな箱に1万円も出しません。


・・・多分月末には棚に件の箱が。
イッパソへの道は遠きにありて(笑


さて、せっかくですから、最後に僕のThe Who(Mod時代限定)ベスト10でも。

1、Anyway,Anyhow Anywhere(「Ready Steady Go」バージョン)

2、A Quick One,While He's Away(「ロックンロール・サーカス」バージョン)

3、I'm A Boy

4、The Kids Are Alright

5、Substitute

6、Disguises

7、I Can't Explain

8、Heatwave

9、The OX

10、I Need You


うーん、難しいですね。
1・2位は不動の地位です。
両方ともスタジオバージョンよりもはるかに演奏のテンションが高くていつ聴いても燃えます。




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Graham
  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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