あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

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(最前列左からAvi・Uzi・Abe・Meir・Rafi)


久しぶりにイスラエルのグループと行きますか。

Stylesは、Churchill's・Lion Of Judahと共に60'sイスラエルの3大グループの一つです。
Avi Karpel(G.Vo)、Rafi Schwartz(B)、Meir Israel(Ds)、そしてChurchill'sを脱退したばかりのYitzhak Klepter(G)の4人で68年末に結成されています。
4人とも当時のイスラエルでの名だたるグループの出身で、ある意味イスラエル版スーパーグループと言えるかもしれませんね。
69年にHed Arziからデビュー、シングルを録音する直前?にEldad Shrim(Key)が加入して、5人編成になっていたようです。

オリジナルメンバー
(左から)Avi・Rafi・Yitzhak・Meir

これがそのオリジナルメンバーの4人の写真なんですが、イケメン青年2人&おっさん顔2人のチープトリックみたいな組み合わせです(笑
手を広げているのが「Churchill」というニックネームをつけられたというYitzhakですが、似てますか(笑

話を元に戻して、彼らはデビュー直後にいきなり転機を迎えます。
68年11月に開催され、のちにライブ盤としてリリースされたイベント「Beat Music Festival」に、彼らも出演したのですが、イベントに参加していたグループの一つNew StarsのボーカリストUzi Fuxと意気投合したようで、直後にUziが加入します。
リーダーのAviは、Uziの加入をきっかけにメンバーを変えてグループの質を上げたいと考えていたようで、YitzhakとEldadを外し、イギリスのRevolverというグループ出身のAbe Orchover(Key)とTony Price(Writer)の2人を加入させ、一番上のジャケットの画像のラインナップになりました。

このRevolverというグループ、資料があまり出てこなくて詳細は不明なんですが、ツアーで来たかマイナーバンドの宿命である出稼ぎに来たかで当時イスラエルに滞在していたようで、Hed Arziでシングル「Imagine/I'm Down」を録音・リリースしています。
「Imagine」はかの有名曲ではなく、おそらくオリジナルでポップサイケ的な曲、「I'm Down」はBeatlesのカバーで、こちらはちょっとプログレ的な空気を持ったアレンジになっています(ようつべにうpされています)。
その後空中分解したようでメンバーは帰国、AbeとTonyの2人だけイスラエルに残ってStylesに加入したそうです。

看板ボーカリストと以前より良くなった演奏技術を得て、シングルとEP「Morning Train」をリリース。
「Morning~」は大ヒットとなり、イギリス・アメリカ・オランダなど多くの国でもリリースされています。
そして70年には唯一のアルバム「Friends」をリリースし、一応、彼の狙いは成功したようです。

しかし、1stシングル以後、新ラインナップでのオリジナル曲は全て新参のPrice/Orchover作で、リーダーであるはずのAviの曲は全くなくなりました。

ステージではUziに全てを持って行かれ、リリースする曲は新参メンバー作。
いわば「ロデオ」期のByrdsの如く、店子に店を乗っ取られたという感じでしょうか?
こういう状態でグループが長続きするはずも無く、アルバムリリース後にAviが脱退。
間もなく空中分解してしまいました。

Styles解散後、Uziはソロ活動を始め大スターになって行きます。
一時スウェーデンに移住していたようですが、現在はイスラエルに帰国しているそうです。
ジャケットの画像では分かりにくいですが、AttackのJohn Du Cannが穏やかになったような顔をしています(笑







【“〔Uzi And The〕 Styles (Israel)”の続きを読む】
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まだきれいにしていないので遠巻きに(笑


*6/21:ひっそりと画像追加(笑


「けいおん」効果もあって、久しぶりにMyギー太(笑)を引っ張り出してみたのですが、長きに渡って放置していたのでちょっと汚くて萎えそうになりました(笑

もうかなり放置していたので、一度メンテナンスに出した方がいいのかなとも思います。

僕の愛器はエピフォン・カジノ(ナチュラル、ピックガード外し仕様)なので、放置したツケが心配です。
見た感じはネックも反っていないみたいだし、びびりもないので大丈夫そうですが、自分では判断しきれない部分(Fホールの内側や配線関係とか)もあるので・・・そこが怖いですね(笑
弦は未使用のストックがまだあったものの、ピックはないわチューナーは壊れてるわで、色々出費がかさみそうです。
そういえばアンプもない・・・、ま、フルアコで生鳴りがいいので当面無くても大丈夫ですが。
とりあえず安いのでいいから欲しいなー。

何とかなったら、ようつべで拾ったOlympicの「Zelva」と、「私の恋はホッチキス」を弾こうかなと思っています(笑
あ、Kinksも弾きたいですね。
「Days」とか「Rosemary Rose」とか「Get Back In Line」とか。


Kinksの名前が出たついでに最近気がついた事を。
かの素敵な「Two Sisters」ですが、皆様もおそらく愛してやまない曲だと思われます。
皆様はこの曲の一番好きなところはどこでしょうか?
僕は「ラストのハミング」という結論にたどり着きました。
思い起こすと、レンジで何かを温めているつれづれなどに、あのハミングを(笑

この曲に限ったことではありませんが、Kinksには密かに「萌え」があると思います(笑

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*解散に関しての記述の間違いの修正など、大幅に加筆予定です。


さて、予定通りころころgifを下げますよ(笑

今回はチェコ60'sでは最も有名なグループの一つMatadorsです。
「Nuggets2」など編集盤にも収録されることが多いので、聴いたことがある方もいらっしゃるのではと思います。

65年にOtto Bezloja(B)を中心に結成したFontanasから、若干のメンバーチェンジを経てMatadorsとグループ名を変更。
彼らが活動初期に使用していたオルガンの名前(機種名?)「Matador」からとったそうです。
66年までは6人編成で、当初はわりとポップなビートスタイルでしたが、67年にVladimír Mišík(Vo)と Karel Kahovec(G.Vo) が脱退してViktor Sodoma jr. (Vo)が加入する前後に、ブルース・R&Bをベースにしたややダークなビートサイケスタイルに移行しています。
その67年から68年の解散までのラインナップは画像上左から時計回りにViktor、Radim Hladík (Lead G)、Miroslav "Tony Black" Schwarz (Ds)、Jan "Farmer" Obermayer(Or)、Ottoの5人編成。

Radimのシャープでカラフルなギター&Janのチープで重いオルガンを前面にした演奏と、Viktorの扇情的なボーカルスタイルの組み合わせは、当時のチェコのグループ連中の中でも最も過激でいかがわしい(笑)サウンドだったのではと思います。

Matadorsは国営レーベルのSupraphonにEP2枚・シングル2枚・アルバム1枚を残しています。
特にViktor加入後の音源はどれも魅力的で、UKビート/サイケのマニアの方にはたまらないマテリアルだと思います。


ちょっと話はずれますが、彼らのレコードをリリースしていたSupraphonについてちょっと。
旧共産圏では、だいたい全てのジャンルのレコードを国営レーベルが一括してリリースしていました。
旧チェコではSupraphonがそれにあたります。

a90.jpg

上の画像はEPのレーベル面なのですが、クラシカルで美しいロゴデザインですね。
個人的には最もお気に入りのレーベルロゴです。
その美しいレーベルロゴに対して、スリーヴの方はセンスがいまいちで、特にシングルとEPのジャケのテキトーぶりにはある意味感心してしまいます(笑
もっとも、それはチェコスロバキアに限ったことではないし、Olympicの2ndみたいにいいジャケもあったりします。
また、Supraphonは国内向けのLPには基本的に個別のジャケット写真のない、いわゆる汎用スリーヴに入れて発売し、海外輸出向けに個別のスリーヴのあるレコードをプレスしていたそうで、そういう事情からスリーヴ付のオリジナル盤はかなりレアだとか・・・。
当時の東欧のプレス技術は予想がつきますが、現在リマスターされたCDを聴いてみるとレコーディング自体はなかなかのクオリティーだったようで、国営レーベルでマスターを厳重に保管していたことが幸いしたのか、CD時代の現在では殆どの音源は驚くほどクリアーな音質で聴くことが出来ます。
最初にこのMatadorsのCDを聴いた時はびっくりしましたからね。


閑話休題、話をMatadorsに戻します。
個人的に、68年のアルバムの段階でこれだけのテンションと活力を持っていたMatadorsが、直後に活動を停止していることに疑問がありました。
考えてみると、どうも当時のチェコの情勢と密接な関係があるように思いました。
68年と言えば、「プラハの春」が謳歌されていたころ。
68年末までのチェコのグループの楽曲のアレンジやカバーの選曲などから察するに、当時は僕らの予想以上に自由な空気があったようです。
そしてそれは68年末にはソ連を中心にした他の共産国の介入によってあっけなく潰えてしまうのですが・・・。
69年以後はSupraphonでも、レコーディングスタジオに検閲官が常時居座っていたそうで、そのような厳しい監視下の中でMatadorsのような扇情的なサウンドを認可されることは、ほぼ不可能だったのではないかと思われます。
彼らの唐突とも言える活動停止はそこら辺に理由があるのではないかと。
ジャズの仮面でカモフラージュしたBlue Effectで活動していくRadimと初代ボーカルのVladimírはまだラッキーだったでしょう。
一番わりを食ったのはおそらくViktorでしょうね。
調べた範囲では68年末のApollobeat以後は、俳優としての道もあったようですが、ボーカリストとしてはほとんどゲスト参加に終始しており、Matadors時代のいかがわしい扇情的なボーカルスタイルを使えなくなってしまったようです。

プラハの春と共に散って行ったと言える、そういう意味では象徴的な存在かもしれませんね。

【“Matadors (Czecho-Slovakia)”の続きを読む】 このページのトップへ

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  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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