あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 




*メンバー記述の間違いなど、加筆修正予定です。


今回は、最近本国で68~89年の音源をまとめた9CD-BoxがリリースされたばかりのBlue Effectを。

68年にJiří Kozel(B)とMatadorsの初代シンガーVladimír Misík(Fl,Vo)を中心に結成され、のちにVlado Čech(Ds)、そしてMatadorsが解散した直後でフリーだったRadim Hladíkが加入して初期ラインナップがそろいます。
最初はMatadors解散後にRadimを中心に結成されたのだと思っていましたが、実際は上記のように最後に加入したみたいですね。

考えすぎかもしれませんが、「アカ」の国で「青い効果」とは意味深ですねー。

69年にPantonからEP(すんげぇかっこいいです)、そしてシングルをリリース。
New Clubuというクラブ(笑)でプロモ映像まで製作してしていますから、レーベルの期待も大きかったのだと思います。
シングルをリリースする直前くらい?にLesek Semelka(Key,Vo)が加入して5人編成になります。
Radimのインタビューによると、Lesekを加入させたのはVladimírが当時チェコ語詞で歌うのを拒んでいたらしく、チェコ語詞の曲を歌わせるために加入させたとのことです。
60年代、非英語圏の国では母国語でロックをやることがスマートでないと思っていたミュージシャンは多かったみたいですが、69年ともなると母国語で歌う動きが強くなっている時期だし、結構意外ですね。
プラハの春以後、検閲が厳しくなったことも関係があるのかもしれませんね。
もっとも、Vladimírはグループを脱退後に加入したFlamengoで思いっきりチェコ語で歌ってるので、気まぐれなのかもしれませんが(笑

a121.jpg

これが69年当時の5人編成ラインナップで、左上から時計回りにVladimír・Lesek・Vlado・Radim・Jiříです。
Radimのおでこがキュピーンと輝いています(笑

70年になってすぐに、1stアルバム「Meditace」をシングルなどとは違ってSupraphonからリリース。
EP・シングルとアルバムを別のレーベルからリリースする意図が良くわかりませんが、新人扱いでPantonからリリースしたEPなどがよく売れたので、アルバムは大元のSupraphonからリリースすることになったのかなー。

アルバムをリリースした直後にVladimírが脱退、前述のとおりその後Flamengoに加入します。
アルバムリリース直前にレコーディングしたJazz Qとのセッションが自分の思いとは違う方向に向かっていると感じたんでしょうか?

実際、これ以後は基本的にボーカル入りの曲はほとんどない、演奏だけで表現するグループとして名を馳せていくことになります。


【“Blue Effect (Czecho-Slovakia)”の続きを読む】 このページのトップへ


(68~70年ラインナップ 左上から時計回りにJános・Gábor・Tamás・József・György・László)


ふう、これで情報のないアルバニアを除く旧東欧7カ国が出揃いました。

Omegaは日本でも割と知られているグループだと思いますが、ハンガリー本国ではIlles・Metroと並んで60年代の3大グループです。

Benkő László(Fl.Key.Vo.etc)・Kóbor János(Vo.G)・Laux József(Ds)を中心にブダペストで62年に結成。
66年に国営レーベルQualitonからシングル「Paint It Black/Bus Stop」でデビュー。
当初はUK/USもののカバーに終始するどこにでもありそうなグループだったみたいですが、67年にMihály Tamás(B.Vo)・Presser Gábor(Key)が加入、曲が書けるGáborの加入とサイケの波の影響でオリジナルな音楽性を出していきます。
68年にはMolnár György(G)が加入、3rdアルバムまでこの6人編成で活動していきます。

あ、ちなみにハンガリーでは、日本と同じく「苗字・名前」の順で書きますので、表記はそれに従っています。


a118.jpg

これはおそらく60年代中期くらいの写真だと思うのですが、アルバムジャケット撮影時とえらい違いですね(笑
左側の上がLászló、右上がJózsef、下がJánosなのですが、右の2人はともかく、左のLászlóの変わりようは強烈で、この数年の間に何があったのかと思わせるほど胡散臭いルックスに変化しています(笑
あとJánosですが、なんという悪そうな顔立ち(笑
うっかり反論したりしたら行方不明にされてしまいそうです(笑
しかし、Omegaはかっこいいメンバーがいませんねー。
おっさんと怖いお兄さんと怪しげなヒゲと、一人だけわりと普通っぽい人。
「垢抜けないなー」
最初にこの1stのジャケを見た時そう思いましたね(笑

でも、当時彼らはアイドルだったみたいで、映像を見るとすごい嬌声に包まれています(笑
もっとも、そういう意味ではIllesのほうが強烈ですが(笑
Metroはこの2グループよりはイケてる方だと思います。


で、彼らのサウンドもこれまた微妙に垢抜けなさがあります。
もっさりしたドラムビート、こぶしを利かせただみ声のボーカル・・・、僕は「農作業ロック」と呼んでいます(笑
正直「かっこいい」とはストレートに言えず、結構好みが分かれると思うのですが、逆に言うとこれこそがOmegaの唯一無比の個性で、何とも言えない味わいがあります。
Gáborによって書かれた楽曲もこれまた風変わりのものが多く、結構変な進行の曲が多いです。

何かけなしてるようにしか見えませんが、ところがどっこいかなり聴かせるんですよ(笑
実際、よく聴いています。


そんなクセの強いサウンドを持つOmegaの1stアルバムを紹介したいと思います。


【“Omega(Red Star) (Hungary)”の続きを読む】 このページのトップへ
ブルガリアン・ビートルズ
Shturcite 1968:(L to R)Veselin・Petar Gyuzelev・Kiril・Petar Tsankov)


12.12.23:ほぼ全面的に書き直し

さて、今回はブルガリアのヨーグル…いやグループЩурците(Shturcite)です(笑
ブルガリア語はロシア語と同じキリル文字を使用しますが、ここでは読みやすいように最初だけキリル文字とアルファベットの両方で表記して、以後はアルファベット表記で書いていきます。

63年に結成された、ブルガリア初のグループの一つだと言われているБъндараците[Bundaracite]のメンバー、Кирил Маричков[Kiril Marichkov] (Vo.B.Key)とПетър Цанков[Petar Tsankov](Ds)と、彼らが観に行ったライヴで知り合ったСлънчевите братя[Sluntsevite Bratya]のメンバー、Петър Гюзелев[Petar Gyuzelev](G.Vo)とВеселин Кисьов[Veselin Kisyov](G)が意気投合したことで、67年に結成されたのがShturcite(Crikets)でした。

Beatles・Stones・Kinksなどのカバーと、ごくわずかのオリジナルをレパートリーにライヴをこなし、瞬く間にソフィアで最も人気のあるグループになって行ったようです。

同年、ブルガリアの有名なコンテスト「Златния Орфей[Golden Orpheus]」に出演、Борис Карадимчев( Boris Karadimchev)のバックとして演奏した「Бяла тишина[Byala Tishina]」がというコンテストで優勝、それによって注目された彼らは国営レーベルValkantonでのレコーディングのチャンスを得ました。

68年に4曲入りの1stEPをリリース。
当時、ブルガリアではポップミュージックを含めた西側文化への締め付けを行っている真っ只中だったのもあってか、4曲ともオリジナルではなく国家の要望を満たした楽曲をあてがわれたようで、かなり甘口でポップな仕上がりでしたが、当時レコードをリリースできた自国のグループはほとんどいなかったのもあって、当時のファンには思い出深い楽曲のようです。

69年にVeselinが脱退、Константин Атанасов[Konstantin Atanasov](G.vo)が加入、この新ラインナップで2ndEPをリリース。
このEPでは1曲だけとは言えKiril作のオリジナルが採用され、CreamとKinksのカバーなども収録された、1stEPよりもロック的な内容になっています。

a423.jpg
Shturcite 1969:(左上から時計回りに)Kiril・Petar Gyuzelev・Konstantin・Petar Tsankov)

他にもTVやラジオ用にレコーディングされた音源が残っており、これらはクレジットなどは全く不明ですが、公式にレコードでリリースされた曲よりも魅力的な曲も多く含まれていて、全容をまとめたりリースが望まれるところです。

60年代のShturtziteは、ややフォークロック的で素朴なビートポップという感じで、そのポップなサウンドから浮き出るようなKirilの太いベースラインが印象的です。

その後、共産圏ではよくあったことですが当時の政府からの圧力を受け、71年ごろに活動停止を余儀なくされてしまったようです。
ここら辺の事情はあまり詳しいデータがないのですが、同時期に活動していたСребърните Гривни[Sreburnite Grivni]は71年までレコードをリリースしているところから、一番人気として悪目立ちしてしまったのかもしれませんね。

73年にKirilとPetarに2人新メンバーを加えて活動再開、当時の東欧のグループらしくプログレ/ハード化して行きました。
グループとしては73年以後が最盛期になるわけですが、ここではその原点を述べるにとどめておきます。




【“Щурците[Shturcite] (Bulgaria)”の続きを読む】 このページのトップへ
だいぶ集まってきました

こんにちわ、このところ歯の治療で覇気がありません(笑
麻酔と鎮痛剤のせいか、体が重たいです・・・。


先月で、東欧もののCDが30枚を越え、アルバニア以外の旧東欧7カ国全てに手を伸ばしました。
上記の画像左上から時計回りに、Omega(ハンガリー)・Blue Effect(チェコスロバキア)・Theo Schumann Combo(東ドイツ)・Shturcite(ブルガリア)・Grupa 220(ユーゴスラヴィア)・Mondial(ルーマニア)です。
画像をうpしたあとに気がついたんですが、ポーランドのCDを入れ忘れました(笑
虫歯の影響で頭がぼやけているみたいです(笑
基本怠け者なので、ネタはあるのになかなか紹介が進みません(笑


よく思うことがあるのが、60年代当時共産圏だったこれらの国で、よくこれだけのポップ&ロックのレコードがリリースされていたものだなと言うことです。
90年代半ばくらいにOmegaの1stのジャケ(UKリリースのDecca盤のほうです)を見るまでは、共産圏にはロックは存在しないと思っていました。
基本的に国内の収益をまず国が吸い上げて均等に全ての同志(笑)に振り分けるという共産主義のシステムの中で、競争の世界であるポップミュージックが成り立つとはとても思えませんでした。
ヒットを出してアルバムを出しても、シングルが不発だった連中ともらう報酬は一緒ではやる気も出ないでしょうからね(笑

ただ、チェコの人気グループだったMatadors~Blue EffectのRadim Hladíkがレスポール&マーシャル、OlympicのPetr Jandaがフェンダーと、当時東欧ではかなり高価だったはずの機材を所有していたことからすると、人気のあったグループ・ミュージシャンには何らかの優遇措置があったのかもしれません。

高校時代、授業中はもっぱら睡眠中で、共産主義といえば「スターリン&コルホーズ&ソフホーズ」くらいしか頭に残っていなくて、東ドイツ以外は各国がどの辺にあるのかよくわからなかった僕には結構驚きでした。

89年の東欧革命以後、徐々にCDのリリースが活発になり、インターネットで世界が繋がっている現在と違って、90年代半ばくらいまではほとんど情報がありませんでしたから、同じように感じた方も多いかもしれませんね。

これら旧東欧圏の芸能システムが非常に気になるところですが、なかなかそういう情報や本が見つかりません・・・。
てか、あんまり難しい専門用語はどちらにしても理解できませんが(笑

かんたんな現代東欧史の本を読んでみると、各国の歴史・政治・経済とポップミュージックの関連性が見えて非常に興味深いです。

東ドイツは西への対抗意識と欧米のポップのとりこになるくらいなら自国のグループを売った方がよいと考えていたようですし、チェコスロバキアではプラハの春前後のリリースがずば抜けて活発だったが、それ以後は検閲が厳しくなってボーカルのほとんどないジャズロックが主流になったり、ユーゴやブルガリアでは60年代に単独のグループでのアルバムのリリースがほとんどなかったり。
もっとも、どの国でもロックのアルバムのリリースは68年以後がほとんどですけどね。

東欧革命まで基本的に鎖国状態だったアルバニアは、現状でも情報が皆無に等しいので当時のシーンがわかりませんが、東欧で最も貧しい後進国だったようですから、ポップのレコードどころではなかったのかもしれません。


東欧革命以後のCDのリリース状況にも各国の経済情勢を垣間見れるような気がします。
欧米系のメジャーレーベルが買収したレーベルのものは、リマスター&現代的なパッケージングのリイシューがなされて、現在ではほとんど欧米レベルに等しい品質です。
特にチェコ盤は音質・パッケージング共にかなりのもので、丁寧なつくりのブックレットがついていて魅力的です。
ポーランド・ハンガリー・旧ユーゴは、音質はいいけどブックレットがペラペラでちょっと安っぽいかな。
ルーマニア盤は基本的に欧米メジャーが関わっていないようで、以下の画像の如く、98年リリースのものの裏ジャケで80年代末~90年代前半の感覚で、音質も6カ国で一番よくないです。
ポーランド・旧ユーゴ・ルーマニア盤はコピー盤防止のためかホログラムシールが貼ってあります。
別に貼ってあってもいいけど、ジャケの表にじかに貼るのはやめて欲しいなー(笑

90年代前半的なセンスと多数のスポンサーロゴ


東欧盤のCDで面白いのが、ジャケ裏の多くのスポンサーロゴ。
上記のルーマニアやブルガリア、そしてマイナーレーベルからのリリースのものによく見かけます。
自国のラジオ局や音楽関連の業界からのスポンサードによってのリリースと言うのは、資本主義経済導入後の東欧の苦労を垣間見てしまいます。


とまあこんな感じで、突っ込んでみると予想以上に他国との違いの多い東欧ものには興味が尽きません。


このページのトップへ

FC2Ad

Information

Graham
  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

    コメント記入時、ホムペ・ブログなどのアドレスを記入すると投稿できないようにしてありますのでご注意下さい。

Search

Calendar

08月 « 2009年09月 » 10月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

 

プロフィール

Graham

Author:Graham
日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

コメント記入時、ホムペ・ブログなどのアドレスを記入すると投稿できないようにしてありますのでご注意下さい。

FC2カウンター

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

フリーエリア

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード