あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 




さて、今回でたぶん今年最後の音楽の記事になると思います。

今回は、ある事がきっかけで意外と有名な東ドイツのグループ、Klaus Renft Combo(74年にRenftとシンプルに改名)です。
Klaus Renft Comboは厳密には70年代のグループなのですが、60年代的な楽曲がいくつかあることと、東欧ロックを語る上で重大な事件に絡んでいることにより取り上げることにしました。

65年のライプチヒ騒動にも絡んだButlersというグループ出身のKlaus(Renft)Jentzsch(B.Vo)を中心に、Thomas Monster Schoppe(Vo)・Peter Cäsar Gläser(G.Vo)・Peter Pjotr Kschentz(G.Vo.Sax)・Christian Kuno Kunert(Key)・Jochen Hohl(Ds)の6人で、同地で67年に結成。
70年代に入ってようやく国家公認になったようで、72年に国営レーベルAmigaでのレコーディングをするまでの間、かなりの時間が経過していますね。

73年夏、東ベルリンで開催された「第十回国際青年フェスティヴァル」というやたらお堅い名のイベントで、Puhdysらと共に華々しく登場。
75年の解散までの間、Puhdysと並んで絶大な人気を誇り、国内でLP20万枚・シングル3万枚を売り上げています。

僕はまだPuhdysを聴いたことがないので比較のしようがないのですが、当局の指示に従順に従ってこざっぱりとしたソフトなイメージだったPuhdysに対して、Klaus Renft Comboは小汚い格好で荒々しい演奏をしていたようで、使い古されたフレーズではありますが東ドイツのBeatles対Stonesのような存在だったようです。
僕の聴いた印象ではStonesというよりは、70年代初期のアメリカン・ロックに近いかなー。
レコーディングされた音源は、さほど荒々しくはありませんが、当時の東ドイツではそうだったのかもしれません。

ファッションや演奏に関しては当局の言う事を聞かなかった彼らですが、それでも初めのころは「Wer Die Rose Ehrt」などの当局の意向に沿った曲を演奏していました。
が、絶大な人気を受けて徐々に尊大になって行き、帝王の如く振舞い、政治的な方面でも過激な方向に向かって行ってしまい、これが75年の解散の原因になってしまいます。

「Rockballade Vom Kleinen Otto」と「Glaubensfragen」の2曲が、当局を激しく激怒させ、75年9月、ライプチヒの文化委員会への出頭命令が下されました。

「Rockballade~」は、「ハンブルグへ脱出しようとしたオットーが逮捕され、絶望の末に身投げ、そして多分彼の身体はハンブルグに浮かび上がるだろう」という、当時の東ドイツでは非常に危険な歌詞を持っていました。

彼らは委員会で活動停止(と言うか、「存在しないものとみなす」と言われたそうで)を宣告されました。

翌春、Christianと「Rockballade~」を手がけた作詞家Gerulf Pannachが東ドイツの秘密警察シュタージに逮捕され、過酷な尋問を受けた末に西ドイツに追放処分に。
最初に述べた「重大な事件」と言うのが、シュタージによるGerulfへのある行為なのです。
彼は98年に、「非常に珍しい癌」で亡くなったのですが、近年に公開されたシュタージ関連の情報によると、なんと尋問時にGerulfに向けて放射線照射装置を向けていたそうで、彼を含む、同時期にぶち込まれていた有名人反体制派3人が同じ癌で亡くなっているのです。

旧東欧圏ではこうした反体制派に向けたひどい迫害や仕打ちが、各国で当たり前のようになされていました。
チェコのプラスティック・ピープルなんかも有名ですね。

しかし、このシュタージによる放射線照射はあまりにもひどすぎる。
東ドイツが忌み嫌っていたゲシュタポよりもある意味ひどい。
革命直前にシュレッダーにかけられて、バラバラにされた状態で数え切れないほどの袋に入った関連資料には、日々こういった行為が当たり前のようにされていたことが記されているのでしょうね。

この東西統合による、最大の負の遺産のひとつ、支払うべき関係者はどんどん死んで行き、丸ごと背負い込む気のない国家の動きは非常に重く、このまま過去として葬り去る気なんでしょうね。

もっとも、併合した西ドイツ側がそれを支払う羽目になるのもおかしいとは思いますけどね。



【“Klaus Renft Combo (D.D.R)”の続きを読む】 このページのトップへ
愛すべき多芸なヒゲ男


ようつべを見ていて面白いネタを拾ったので、今回はそれにちなんだ話にします。


Cesta, která vede nikamというタイトルで、69年にチェコスロバキアで製作されたものの、当局によってお蔵入りにされてしまったミュージカル・ムービーだそうです。
「道はどこにでもつながる」という非常に意味深なタイトルもさもありなんといった感じですね。

当時のチェコスロバキアの人気グループのクリップを挟んで、何やらシュールな寸劇が展開される変な作品で、クリップではOlympic・Atlantis・Synkopy61・Prúdyらが登場し、寸劇?の方には俳優陣に混ざってOlympicのドラマーJan Antonín Pacákが出演し、コミカルな演技を見せてくれます。
グレアム・ボンドみたいなおじさんをトイレに閉じ込めて、ぬけぬけと一杯やるシーンは言葉が分からなくても結構笑えました。
このムービーを見たのは今日初めてだったんですが、陶芸を学んだミュージシャンで絵も描き俳優までこなす「愛すべき多芸なるヒゲ男」(笑)Janの才気は、当時のチェコスロバキアで最先端の感覚だったんだろうなーとつくづく感じました。
しかも、才気がありながらお茶目でチャーミングなキャラクターで、老若男女を問わず人気があったんじゃないかなと。

JanはOlympicのレパートリーの作曲にはほとんど関わっていませんが、全体的な空気やフィーリングをかもし出す役割を担っていたのではないかと思います。
ロキシー・ミュージックで言えばイーノのような存在だったのかな。
もっとも、彼は楽器のプレイヤーしても凄腕でしたが(笑

賛否両論あるかもしれませんが、彼が脱退後のOlympicは大胆な遊び心や実験精神が失われてしまったように感じます。
彼が脱退した3rdアルバム(71年)以後のOlympicの曲は、73年の4thと同時代のシングルまでしか聴いていないのですが、楽曲のクオリティーは相変わらずさすがと言うか抜群ですが、あまりにもまっとうになりすぎていてやはりJanの不在を感じずにはいられません。
もちろん、当時のチェコスロバキア国内の時代背景もかなり関連がありますので、一言では言えないんですけどね。

僕にとってのOlympicは、Janが在籍した66~71年が全てだといっても過言ではないくらいです。

おっと、どさくさにまぎれてJanの話に偏ってしまいました(笑

製作年度や、当時の共産圏としてはかなり大胆な感覚の内容からすると、「Magical Mystery Tour」の影響を感じずにはいられないのですが、「Magical」が当時チェコスロバキアで放映されたとはとても思えないので、西側から確保してきた「Magical」のEPのブックレットを見てインスパイアされたのかもしれません。

ま、そういう感じのシュールな作品ですので、当時の当局の連中がすんなり受け入れるはずもなく、ビロード革命後までアーカイヴにお蔵入りされていたそうです。

それにしても、69年の夏といえば、すでにプラハの春は潰えてドゥプチェクは閑職に追い込まれ、フサークが「正常化体制」を推し進めていた真っ只中。
よくぞこれだけの先鋭的な感覚のムービーを製作できたものです。


そういう打たれ強さと言うか、ひたすら挑み続ける姿勢には感銘を受けずにはいられませんね。


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さて、ちょっと早いような気もしますが、今年出会った曲のベスト5なんぞを紹介してみたいと思います。
もうだいたい決まってますしね。

1曲を除いて、一般的にはマイナーな曲ばかりなので、紹介しても読んだ方に伝わりそうもないですが、そこはあれですよ自己満足(笑


第5位:I Wish I were / Soulmen (Czecho-Slovakia)

スロバキアの青白いさめた炎、Soulmen!
短期間で解散してしまったのが本当に惜しまれます。
クールでスマートなR&Bビートで、思わず体が動いてしまうドライブ感が最高です。
メタリックな音色のタンバリンもGJ!


第4位:I Like The World / Blue Effect(Czecho-Slovakia)

これは本当にかっこいい曲です。
ようつべで耳にして速攻で収録されているCDをゲットしましたからね。
Radim先生の変幻自在のギターワーク、もっと認知されてもいいんじゃないかと思います。
この曲が収録されているEPの4曲は、どれも完成度高くて最高です。


第3位:Osmijeh / Grupa220 (yugoslavia)

67年の曲としてはやや素朴なサウンドなんですが、一度聴くと耳から離れない味わい深い曲。
老若男女問わず思わず口ずさんでしまいそうなメロディーが素敵です。
Drago Mlinarecのじっくりとした歌いまわしも、くせになる味わい深さです。
1位の曲と共に、レンジ鼻歌ソングの定番でした(笑


第2位:Don't You Break It Again / Atlantis(Czecho-Slovakia)

これもようつべで聴いて収録CDを必死でゲットしました(笑
チェコのサンディ・デニーことHanaのボーカルと、グルーヴィーなオルガンがかっこいい逸品。
Atlantisはソフトロック寄りのサウンドなのですが、サイケポップやJ.エアプレインみたいな混沌としたサイケなどもこなす器用なグループで、Hanaの実兄Petrの優れた作曲能力と恐ろしくうまい演奏能力を併せ持つ侮れないグループです。


第1位:わたしの恋はホッチキス / 放課後ティータイム (Japan)

恐るべしけいおんパワー!
こんなに邦楽を聴きまくったのは本当に久しぶりでした。
「キラキラひかる願い事も グチャグチャへたる悩み事も そーだホッチキスでとじちゃおー
 はじまりだけは軽いノリで しらないうちに熱くなって もう針がなんだか通らない ララまた明日♪」
前半はわりと切実な流れなのに、サビでこうこざっぱりとまとめてしまう歌詞もすごくいいと思います。
「けいおん!」自体のできもすごく良かったけど、これらの音楽も確実に作品の魅力にいろどりを与えていると思います。
ベスト5には入りませんでしたが、「ふでペン、ボールペン」もすごく良かったな。


以上です。
何とまあ極端に偏った選曲になってしまいました(笑
うまい具合に5曲ともようつべで聴くことができますので、良かったらお試しください。


…とまあ、今年は東欧と「けいおん!」な音楽ライフでした。
来年ももえもえ~きゅんな1曲と出会える事を願いつつ終わります。


うんたん♪ うんたん♪



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    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
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