あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

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ジャケだけはいい感じです


久しぶりの連日の更新です(笑

僕が最初に知った東欧のグループはOmega(Red Star)なのですが、その時に見たレコのジャケットは本国の1st「Trombitás Frédi~」ではなく、このアルバムなのです。
もしかしたら「あ、俺も」って方もいらっしゃるかもしれませんね。

このアルバムは、67年にブダペスト公演でOmegaを見て気に入った気に入ったSpencer Davis GroupのマネージャーJohn Martinが、UK公演に招待したことがきっかけになって、68年になってUK-Deccaでレコーディングされたもので、本国での1st「Trombitás Frédi~」よりも少し早く制作&リリースされています。

わずか3日でレコーディングされたと言うこのアルバム、全曲をベーシストのMihály Tamásがリードボーカルをとっています。
うまく翻訳ができなくてはっきりわからないのですが、どうもリードボーカルのKóbor Jánosが大学受験か交通事故かなにか…とにかく何らかの事情でハンガリーに帰国したために、このレコーディングに参加していない(クレジットはされている)そうです。
僕はてっきりあの強烈な悪声ボーカルにダメ出しが出たのだと思っていましたが、そうではなかったみたいです(笑

とは言え、Mihály Tamásもボーカリストとして本来なかなかのものですからまんざらでもないはずなのですが、どうも慣れない英語詞で歌ったことが力強さをそいでしまったようで、残念ながらかなり弱々しいボーカルになってしまっています。
3日間だったと言うレコーディングはロクにリハーサルもできずに進められたようで、チープな録音状態のせいでそう感じるのかもしれませんが、演奏も力強さに欠けており、本来のあくの強いOmegaのサウンドは何処へ?という感じになってしまいました。

はっきり言って、Omegaのアルバムとしてはかなり魅力に欠ける内容で、最初に聴くにはお薦めできません。

まずはハンガリー録音の本来の「農作業ロック」を堪能してから、どうしても気になればその時に(笑


【“Omega Red Star From Hungary (UK-Decca仕様)”の続きを読む】
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さてさて、1月末に本国でリリースされたMatadorsの最新リマスター盤がようやく到着しました。


Classic (チェコSupraphon SU 6002-2)`10

a178.jpg

以前紹介したBonton盤との違いは、V.Sodoma在籍時の2期ラインナップでの音源に絞っていること、そして07年のBlue EffectのライヴにViktorとJanがゲストで参加したMatadors時代の曲が収録されていることです。
Matadorsの音源は、CD1枚74分で2曲くらい入らないという微妙な曲数で、今回のような編集も一つの方法ですね。
Viktor加入前の音源が収録されていないのは残念ですが、その代わりBonton盤に未収録だったシングル音源(5・6)が収録されており、特に6はこれでやっとまともに聴くことができるようになりました。
1・5・14、そして2・7はそれぞれミックスが違います。

07年のライヴは、68年当時のいかがわしさは望むべくもありませんが、波乱の時代を乗り越えてきた彼らならではの熟成された落ち着きを感じさせる演奏で、これはこれでなかなかいいと思います。

音質はBonton盤より格段に音がよくなっています。
しかも、なぜかピクチャー・レーベルです(笑

a179.jpg

たぶん、そろそろ日本にも入荷するんじゃないかと思いますので、その筋のショップに頼んでみるか、直接本国のサイトでオーダーしていただければと思います。



オマケ:最近のげしゅたぽ(笑

よっしゃ、よっしゃ、わしにまかせろ(笑

最近手に入れた扇子を手に「よっしゃ、よっしゃ♪」と、かつて権力を誇った某政治家の如く振舞っております(笑

ま、振舞ってるだけですが(笑


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12.9.24:大幅に加筆修正


今回は、データ集めに苦慮したフィンランドのTopmostです。
これまた日本ではほとんど知られていないグループですが、本国ではJormasと並んで人気があったようで、アルバムも1枚残していますのでそれなりに人気のあったグループだったんだと思います。

Topmostは64年ごろから活動をスタートさせたようで、メンバーは上の画像左からEero Lupari(G.Vo)・Arto "Poku" Tarkkonen(Key)・Vasilij "Gugi" Kokljuschkin(Vo)・Harri Saksala(Vo.Sax)・Kristian "Kisu" Jernström(Ds.Vo)・Heimo "Holle" Holopainen(B.Vo)の6人編成で、Kisuは結成当時13歳だったそうで、この67年ごろの写真を見てもまだあどけないですね。

66年のデビューシングル「The In Crowd/Alone And Forsaken」や同時期の音源からすると、当初はR&B系のMod的な指向性だったようですが、67年にEMIに移籍後はレーベルからの要望もあったのかハーモニーを活かしたポップなサウンドになって行きます。
Mod+Beachboysという感じですが、ハーモニー系の曲はボーカルが結構雑で、もうちょっと何とかならなかったのかなと思います(笑
「Black Is Black」のフィン語カバーなどのR&B系の曲は結構いい感じなのですが…。

67年に唯一のアルバム(Parlophone Par-LP 303)を残して68年にPolydorに移籍、シングルを1枚リリースして解散しました。

Jormasにしてもそうですが、市場の狭いフィンランドのビート・グループは、どうにも器用貧乏な資質を要求されるみたいで、ヒット曲のカバーの比率が高いのでいまいち魅力に欠ける面がありますね。


Topmost自体についてはここまでですが、その後の活動とその音源がなかなか興味深いので、簡単ではありますが紹介しておこうと思います。

HarriはMartti "Edward" Vesala(Ds)・Seppo "Paroni" Paakkunainen(Sax Fl)の2人のジャズミュージシャンによって結成されたSoulsetに加入。
Soulsetはそのグループ名が表している通りのソウル&ジャズ系で、クールかつ暑苦しい(笑)グルーヴィーなサウンドが持ち味でした。
68~69年の短い活動期間でしたが、フィンランド60’sのグループとして外せない存在です。
余談ですが、グループ末期にはJormasのArto "Mamba" Koskinenも在籍していたようです。

Soulset解散後、SeppoはTopmostのもう1人のシンガーVasilij "Gugi"らとBlack Flag Of Utopiaを結成。
Soulsetよりもややサイケ・プログレ寄りの渋いサウンドで、これまた短期間の活動に終わってしまったのは非常に惜しいです。

この2つのグループの経過を見ると、Topmostがソウル・ジャズの方面で高く評価されていたことがよくわかりますね。

SoulsetとBlack Flag Of Utopiaは残された音源は少ないですが、この記事の主役であるTopmostよりも楽曲演奏ともに素晴らしいので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。

HarriとMartti、そしてTopmost時代の同僚EeroとHeimoの4人で結成したのがApolloで、当時隆盛していたハードロックにほんのりサイケな要素が混ざった重いサウンドのグループでした。
個人的にはハードロック的な楽曲にはHarriのソウルフルで暑苦しいヴォーカルは不釣合いな印象で、もっとそっち寄りのサウンドを目指した方が良かったのではと思いますね。


なお、Topmostは本国で現在でもオリジナルメンバーで時々ライヴ活動を行っているようです。




【“Topmostと後身グループ(Finland)”の続きを読む】 このページのトップへ


(左からDavid・Carlos・Willy・Eric)


今日も2月末の大地震の余震と思われるM7.2の地震があって、まだまだ混乱が収まらないチリ。
日本と同じく地震での被害の多い「地震大国」だそうで、60年のチリ地震では何とMw9.5(今回のはMw8.5)で観測史上最大級だそうです(汗

僕は直接被災したわけではありませんが、かの阪神大震災での状況を垣間見ていますから、やはり胸が痛みます。
早く復興する事を静かに願うばかりです。

そんな事を思いつつ、今回は最近棚から引っ張り出して聴いているLos Mac'sを紹介したいなと思います。


Los Mac'sは、62年に首都サンティアゴに程近い港町ヴァルパライソで、David(G.Vo)&Carlos(B.Vo) MacIver兄弟を中心に結成。
65年に本格的に音楽活動をするためにサンティアゴへ移住、Willy Morales(G.Key.Vo)・Eric Franklin(Ds)が加入。
ちなみに、グループ名はMacIver兄弟のファミリーネームが由来です。

Davidが別人みたいです(笑

これは66年当時の写真で、左からDavid・Carlos・Eric・Willyです。
最初の画像を見た後だと「Davidはどこに?」って思ってしまいますね(笑

同年、RCAと契約、1stシングルと1stアルバム「Go Go /22」をリリース。
66年には2ndアルバム「Go Go" Session by The Mac's」をリリース。
年1回コンスタントにアルバムをリリースしていると言うことは、かなり人気があったみたいですね。

この2枚のアルバムまでは、基本的にカバーがほとんどだったようですが、67年に「SGT.Pepper's~」を聴いて触発、オリジナル曲でまとめた3rdアルバム「Kaleidoscope Men」の製作に入りました。
レコーディングの前に、RCAにハイクオリティーな機材の購入を依頼、Fenderのアンプ類、Willyはストラトキャスター、DavidはGibsonのセミアコESのステレオアウトプット仕様(345か355かと)を購入したそうで、アルバムへの気合を感じさせるエピソードですね。

また、同時期にリリースされたLos Vidrios Quebradosのアルバム「Fictions」にも大きなインスパイアを受けたようですね。
WillyはレーベルメイトでもあったLos Vidrios QuebradosのリーダーJuan Mateo O'Brienと親友だったそうで、収録曲の「Dear Friend Bob」を共作、セッションにも参加しています。

そうして完成されリリースされた「Kaleidoscope Men」でしたが、チリのリスナーの反応はよくなかったそうで、当時のほかの国でも同じような感じだったみたいですが、ダンスに最適なビートを求めていた連中には理解されなかったそうです。
しかし、現在での評価が物語っているようにこのアルバムの完成度は高く、キラキラしたギターにエフェクトをかけたオルガンが散りばめられた、タイトルどおりの万華鏡的な音絵巻です。
少なくとも、僕が聞いてきた範囲でも南米60'sのアルバムでベスト3に入るできばえだと思います。

68年には4thアルバム「Los Mac's」をリリースしましたが、オリジナルで固めた前作の売り上げが思わしくなかったせいか、カバー曲を入れるよう要求されたようで、「Kaleidoscope Men」の次作としては散漫な内容になってしまったようです。
この4thアルバムに収録された中で2曲ほど聴いたことがあるのですが、前作のスタイルを継承した素晴らしいできばえで、オリジナルで固めていたらもう一つ名盤ができていたのではとさえ思います。

その後イタリアへ移住、たいした活動も成果も残せずに解散してしまったようです。

しかし、「Kaleidoscope Men」は、現在では非常に高い評価を受けており、南米ものの中でもクオリティの高いグループだと思います。


【“Los Mac's (Chile)”の続きを読む】 このページのトップへ
いいジャケですね


17.3.18:記事の修正・追記・編成変更

今回は、近年やけにリイシューが活発な中近東ものを。

Sea-dersは何とレバノンのグループで、僕自身08年にリイシューされたLPの紹介記事を見て興味津々でした。
現在の感覚では、レバノン紛争で荒れ果てた政情不安定な国のイメージが強く、こういうグループが存在したことに驚かされてしまいましたが、少なくとも70年代前半までは、かつて中東のパリと呼ばれた首都ベイルートを中心に、小さいながらも活発なシーンがあったようです。

Sea-dersは、60年代初頭にJoe ShehedahとRaymond Azouryの2人がベイルートで活動をスタートさせたことが原点で、63年くらいにThe Top 5というグループを結成、メンバーチェンジを経た後に64年にSea-Dersになったようです。
メンバーは画像左からAlbert Haddad(Lead G.Vo)・Raymond Azoury(B.Lead Vo)・Zad Tarmush(Ds.Vo)・Joe Shehedah(G.Vo)の4人で、68年の解散までこのラインナップで活動しました。

66年に本国のSymbolレーベルからリリースした1stシングル「Thanks A Lot/Better Loved」が、いきなりチャートのトップの大ヒットになりました。
良くも悪くも彼らの運命を左右したのが、この直後にたまたまベイルートに来ていたUK-DeccaのA&Rマンがこの曲を耳にしたことで、この曲を気に入ったDeccaは彼らと契約、イギリスへと渡ることになりました。

そして67年、UK-Deccaから「Thanks A Lot」を本国のシングルのB面曲を差し替えてリリース。
ヒットにまでは到らなかったそうですが、イギリス名物(笑)海賊放送で盛んにエアプレイされていたそうで、この中近東フレーバーを盛り込んだフリークビートを、サイケムーヴメントに突入していた当時のイギリスのリスナー達はどんな風に捉えたんでしょうね?
続けて、イスラエルのPaxレーベルで唯一のEPをリリース。
元々イスラエルのレコードはプレス枚数が少ない上にほとんど売れなかったようで、現在では激レアだそうです。

68年、グループ名をCedarsに変更。
次のシングルは、Tremeloes関連で知られるTony Clarkeがプロデュースを担当した「For Your Information」をリリースするもまたもやヒットには到らず。
ラストシングルとなってしまった「I Like the Way」では、てこ入れのつもりか外部のソングライターを起用していますが、だいたいこういうやり方がうまく行くはずもなくこのシングルも失敗に終わりました。

Deccaは契約を破棄し、スタジオ使用による巨額の請求書を彼らに送りつけたそうです。
失意の彼らは、イギリスに大事な機材を残して解散し、逃げるようにレバノンに帰国。

69年になって、トルコで「For Your Information」が大ヒットし、いくつかのグループがこのシングルの両面をカバー。
このヒットで、少しは潤ったかもしれません。
いや、あのいい加減な契約で有名なDeccaだから、印税は支払ってないかもしれませんね(汗


Sea-Dersの残した8曲(あと2曲あるという情報も)を聴くと、まさに中近東を感じさせる空気がありながら、しっかりとしたビート&ドライヴ感があって、UK/USのグループに決して引けをとらないサウンドで、辺境もの(あまり好きな表現ではないのですが便宜的に)の「ゆるさ」が苦手な人でも、素直にかっこいいと感じられると思います。

その中近東的なフレージングやブズーキの使用によるサイケな空気と、ドライヴ感のある演奏やポップで完成度の高い楽曲…、ビート/サイケ派の方に超お薦めのグループです。



【“Sea-Ders[Cedars] (Lebanon/UK)”の続きを読む】 このページのトップへ

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    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
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