あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

まさにこういう渋い感じです


前回の記事で書きましたが、今回は思いもよらず入手できたFour Meditation/Meditating Fourを紹介したいと思います。

スロバキア西部の地方都市ポヴァジュスカ・ビストリツァ出身のJozef Barina(48年生まれ)は、59年(11歳!)ごろから音楽活動を始めており、Kométa・Playersなどのグループでギターを弾いていました。
Kométaは彼が参加した年齢からしても、レコーディングの記録もないことからしてもおそらく学生グループで、Shadowsに影響されたインストグループだったそうです。
Jozefが本格的にプロとして活動するようになったのは63年に結成されたPlayersからで、Kométaと同じくShadows系のインストグループで、66年に2枚のシングルを残しています。

Players
Players(左端がJozef)

Players時代のJozef、まだ少年っぽさも残っていますが、長身でいかついですね(笑
結構悪ガキだったんじゃないでしょうか?
それはともかく、このころすでに作曲を始めており、当時4曲の自作曲をレコーディングしています。

67年にPlayersが解散、そしてJozefが新たに結成したグループがFour Meditationでした。

そっくりさんが2人(笑

Four MeditationはPlayersのようなインスト系ではなく、Spencer Davis GroupにインスパイアされたR&B・ブルースロック系のグループで、メンバーは上の画像左上から時計回りにJozef(Vo.G)・Vlado kaššay(B)・Peter Koreň(Key)・Pavol Barna(Ds)の4人。
このグループはMeditating Fourという似たような意味のグループ名も使っているのですが、インタビューでのJozefの身振りからすると結構その時その時の気まぐれで使い分けていたようです。

どうでもいいことですが、ルー・リードとマフ・ウインウッドのそっくりさんがいますね(笑

「スロバキアのJoe Cocker」の異名を持つJozefのパワフルなしゃがれ声と、インスト時代からならしたギタープレイは、僕的には初期Traffic時代Steve Winwoodみたいな印象で、彼を中心にしたグループの演奏はR&B・ブルース・ジャズに根ざした非常に渋いものです。
60年代末という時代にしてはサイケな要素が薄めではあるものの、それでもやはりそのサウンドは60年代末のもので、一言で言うとサイケな要素を引っ込めた初期Trafficのようなスタイルでした。
その音楽性のせいか、大学生を中心にしてカルトな人気を誇りました。
ま、ルックスもアイドル的ではないしね(笑

Four Meditationはレコードのリリースに関しては運に恵まれなかったようで、1stシングルをリリースしたのは69年になってからでした。
Supraphonからリリースされた待望のシングル「Meditácia nad vášňou/Šťastie」は両曲とも彼らの渋い音楽性をフルに出した素晴らしいもので、このシングルのできばえが良かったこともあって、新人ミュージシャンを紹介するレーベルPantonでのアルバムのレコーディングの話も出て来ました。
しかし、アルバムに収録するためのマテリアルも十分にあったにもかかわらず、この話は潰れてしまいます。

その原因は、当時大人気グループだったGeorge & Beatovensにその話を持っていかれてしまったことで、68年のデビューからヒットを連発していた彼らが相手ではあまりにも分が悪かったのでしょう。
また、George & Beatovensが当初からPantonでレコーディングしていたのに対して、Four MeditationはSupraphonからシングルをリリースしていたこともあだとなったようです。
さらに、69年にチェコとスロバキアが連邦化したことにより、この時点で71年にスロバキア人のレーベルOpusの設立が決まっていたことも影響したようで、数年後にマスターや権利を移動させる手間が疎まれたのかもしれません。
実際、当時スロバキアのグループでコンスタントにアルバムをリリースできたのは全国的に人気のあったPrúdyなどの一部で、ほとんどのスロバキア出身の新人グループはレコーディングされたもののリリースを見送られたり、レコーディング自体を見送られたみたいで、たった1枚とは言えシングルをリリースできたFour Meditationはまだマシだったようです。

加えて、アルバムのレコーディングどころか、彼らの活動自体を危機に追い込んでしまったのが、69年のTV番組「Bumerang」の制作に彼らが関わったことでした。

いなせな感じです
「Bumerang」での出演場面

「Bumerang」は、放送作家・俳優のマルチタレントMilan Lasicaと俳優・コメディアンのJúlius Satinský制作・出演の風刺的なコメディ番組で、番組でFour Meditationがバックで演奏しています。
69年と言えば、「プラハの春」の推進者A.ドプチェクが退陣に追い込まれ、G.フサークによる正常化政策の嵐が吹き始めた、非常に微妙な時期でした。
彼らはMilanとJúliusとともに、「Bumerang」での風刺がワルシャワ条約機構軍の進行への批判と決め付けてしまった当局によって活動停止を告げられたのでした。
69年に作曲されたという曲のタイトルを訳してみると、確かにそれを感じさせる曲はありますが、そうだとしても明らかに当局の「グレーは果てしなく黒に近い」という考えでの抑圧であることには違いありません。

Four Meditationもまた、「正常化政策」の犠牲者だったと言えます。

グループは解散の憂き目にあい、Jozefは表立ったミュージシャンとしての活動停止を余儀なくされ、89年のビロード革命まで厳しい時代を過ごして行ったようです。

しかし、ビロード革命後、抑圧から解放されたJozefは徐々に活動を再開、07年にはFour Meditation/Meditating Fourの60年代のマスターに新録を加えて制作されたアルバムをリリースし、現在も現役で活動しています。


【“Four Meditation/Maditating Four(Czecho-Slovakia)”の続きを読む】 このページのトップへ
どちらも熱く深い

何だかいろいろあって、更新も加筆もあんまり進んでいません。
先週後半に念願のブツが立て続けに入手できたので、そっちに気をとられていました(笑


一つは去年の11月に存在を知ってから、必死で探していたスロバキアのMeditating FourのCD。
これは本当に苦労しました。
日本に送ってくれるショップは在庫を持ってなくて、在庫を持っているショップは日本に送ってくれない…という感じで、とにかく問い合わせてもうまく行かなくて、ほとんど入手をあきらめかけていたところでした。
先日ようやく日本に送ってくれるショップを見つけて、探し始めて8ヶ月を経てわがCD棚に収まりました。
もはや執念の勝利ですね(笑
グループのリーダーのJozef Barinaにもメールで問い合わせましたからね。
返事は来ませんでしたが(笑

このCDを送ってくれたディーラーによると、このCDは500枚程度しかプレスしていないそうで、彼はJozef Barina本人から回してもらったそうです。

前に「どうやって入手しているのですか?」と聞かれたことがありますが、こんな感じでとにかく調べて問い合わせての地道な作業でノウハウを仕込んで、その繰り返しでブツを確保して行っています。
基本的に西欧のディストリビューター経由で入荷しなくなっている東欧の場合、こういった努力が必要になります。


Meditating Fourは、初期のTrafficから凝った音像を外したようなブルース・R&B・ジャズのフレーバーを前面に出した渋いサウンドで、Jozef Barinaのハスキーなボーカルと渋みのある演奏が最高です。
楽曲も完成度が高く、本来ならアルバムをリリースできるクオリティーなのですが、当時リリースしたのは69年のシングル1枚で、あとは89年のオムニバスに2曲収録されているだけです。

調べてみると、彼らもまたフサーク政権による「正常化政策」の被害者だったようで、思い込みのようなことで活動停止に追い込まれてしまったようです。

Meditating Fourについては、今週中くらいに記事にしようと思っています。


【“キターッ!!”の続きを読む】 このページのトップへ
革命的書籍(笑

もう7月も半ばに差しかかろうとしていますね。
まだMatadorsの記事の書き換えの最中で、進行具合はやはりスロー気味です(笑
結構集中力がいる作業ですので、全く書かない日もけっこうあります。
そういう時は、音楽を聴きつつ買った本や漫画をぼんやりと読んでいます。

画像右端の「プラハの春」の主役A.ドプチェクの自伝は前からずっと気になっていた本だったのですが、すでに絶版で中古でも結構安くないのでなかなか買えずにいたのですが、CDで買うものが少なかった先月ようやく入手。
ドプチェク氏の口述を編者がまとめると言う形のもので、彼自身が当時の資料をじっくり確認しつつ述べていて、彼の几帳面で端正な人柄を感じさせる内容です。
これを読むまでは、ドプチェク氏に対してややか細い印象を持っていたのですが、実際は政治家にふさわしい打たれ強さやしたたかさもちゃんと持っていたことがよく分かり、またそうでないとあの厳しい時代を乗り越えることが出来なかったのだと感じました。
当時の東欧共産圏で生き残っていくにはストイックすぎた面はあると思いますが、同時代の東欧圏のリーダー達と比べると、圧倒的に人間的魅力に溢れています。
特に「プラハの春」で対峙したブレジネフの醜悪さとの対極ぶりは笑ってしまうほどです。
出迎えの時に大げさに抱きついてキスをしてくるクセのあるブレジネフを防ぐために、あらかじめ花束を準備しておいて、飛び掛ってくる直前に花束を手渡して回避したと言うエピソードが載っているのですが、一緒に掲載されているその時の写真でのブレジネフのみっともない笑顔と、してやったりのドプチェクのしたたかな笑顔の対比は爆笑ものでした。

彼は東欧革命後の91年に交通事故での大怪我がきっかけで亡くなってしまいましたが、チェコスロバキアが共産党の圧政から開放される瞬間に立ち会えたことは幸いだったと思います。

東欧ロック史的にも、ドプチェク氏を裏切って政権に就いたフサークの正常化政策による圧政の過程が詳細に述べられており、どういう過程で圧力をかけていったのかを垣間見ることができました。

当時のチェコスロバキアの空気を感じ取るための1冊としておすすめです。



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Graham
  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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