あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

まだインスト時代の名残が
Firebeats 1964:(左下から右上へ)Aage・Walther・Øystein・Yngve


4/23:やっと完成

超久し振りに記事を書きます。
それについてはまた後日述べることにして、肝心の記事を書く事に専念します(笑

Firebeats,INC.については2009年にすでに記事にしているのですが、あれから5年の歳月を経て、イギリスの素晴らしいリイシューレーベルrpmから、64~68年の音源をコンプリートしたCDがリリースされ、今までなかなか聴けなかった音源や、ネットでもなかなか出回らなかった詳細な情報が記載されたブックレットに刺激されてリニューアル版を書く事にしました。

グループの原点は61年にさかのぼり、ノルウェーからオーストラリアに移住し、見習い配管工として働いていたYngve Bjerkeが、メルボルンのラジオ局主催のコンペで、自作曲「I Wonder If She Loves Me」を演奏してNo.1に輝いたことでした。
62年11月、ノルウェーに帰国したYngveは自らのグループKoalas(笑)を結成。
このグループ名では可愛すぎると思ったのか、翌63年初頭にはFirebeatsと改めました。

63年と言う時代背景もあって、初期のFirebeatsはインストグループで、Shadows・Ventures・Spotnicks等のカバーを演奏していたそうです。

そして、ブリティッシュ・インベイションの到来後の64年にビートグループ化して歌うようになりました。
ビートグループとして活動するにあたり、影響を受けたのはHollies・Beach Boys・Kinks、そしてBuddy Hollyだそうで、個人的にすごい納得って感じです。
当時のラインナップは、Yngve(Vo.G)に、兄弟のWalther Bjerke(B.Vo)、そしてØystein Bråthen(G.Vo)・Aage Mjøs(Ds)の4人編成。

彼らはノルウェー国内、そしてスウェーデン・デンマークまで足を伸ばし、週末はギグをこなしまくったそうです。
そして、ノルウェーEMIがそんな彼らに目を留める事になりました。

実はこの件に関しては既にフラグがあったそうで、Yngveが帰国してすぐの62年末、彼はEMIのA&RディレクターのRolf Syversenに、件の「I Wonder If She Loves Me」を売り込んで気に入ってもらえ、シンガーBob Bergenの63年のシングルとして採用され、レコーディングされてリリース。
そしてFirebeatsを気に入ったRolfは、彼ら自身のデビューを打診し、64年11月にデビューシングル「Don't Throw Stones/Why Have I That Feeling(両曲ともYngve作)」、翌65年9月には再びYngveのオリジナルでしめた2ndシングル「Let Me Tell You/Little Girl」をリリースした・・・という流れだったようです。

また、Rolfは彼らにスタジオミュージシャンの仕事にも声を掛け、64~66年にかけて多くのシンガーのレコーディングのバックを勤めていたりもしました。

65年末に、オルガン担当のOle Petter Engebretsenが加入、ごく短い期間ではあるものの5人編成になります。
アルバム用のレコーディングがスタートして間がない66年1月にAageが脱退し、Arild Hansen(Ds)が加入。

そして、この前後の時期にグループ名を「Firebeats,INC.」と変更。
この小変更の理由は、多くのグループが「The~」というパターンを使っており、それらと差別化したかったからだそうで。
いろいろ考えるねえ(笑

アルバムのレコーディング中の66年4月、今度はØysteinと昨年末に加入したばかりのOle Petterがあっけなく脱退。
代って長身イケメンのギタリストBjørn Borgが加入。
かつても同じことを書きましたが、有名なテニスプレイヤーとは同名の別人です(笑
ついでに言えば、テニスのほうは「Björn Borg」で、しかもスウェーデン人です。

アルバム裏ジャケの写真
Firebeats,INC. 1966:(L to R)Arild・Yngve・Walther・Bjørn

この新たなグループ名とラインナップで、3rd&4thシングルとアルバムのレコーディングをこなしていきました。
レコーディングは同年11月に完了し、12月に待望のアルバムをリリース。

当時、どこの国でもアルバムをリリースできるグループはその全体のほんの一握りだったわけですが、非常にマーケットの小さいノルウェーではなおさらで、ほとんどのグループはシングルを数枚リリースするのみというのが常で、アルバムをリリースできたのはPussycatsやVanguardsなど、個性とオリジナル曲を持った文字通りほんの一握りでした。

そして、彼らは幸運にもその一握りの一つだったわけです。

彼らのアルバムは当時500枚ほどプレスされたそうですが、スウェーデンのTagesなどと同じように、彼らの憧れのグループたちのレコードに阻まれて、売り上げは思わしくなかったようで、現在ではオリジナル盤は恐ろしいプレミアがついています。

また、彼らは決してTV番組には出演しなかったし、ラジオで彼らの曲がプレイされることもほとんどなかったそうで、ほとんどまともなプロモーション自体されていなかったんじゃないかと思われます。

アルバムリリース後、しばらくシングルのリリースがなかった彼らですが、68年にビートグループ期最後のシングル「Oh,Carol/Be My Baby」をリリース。
最初データでこのシングルの曲目を見た時、正直意外な印象を受けました。
ほとんどのレパートリーがオリジナルである彼らが、68年というロックの変革期の真っ只中にオールディーズのカバーをわざわざ取り上げるなんてね・・・。

69年に入ると、彼らはビートグループのスタイルを捨て、女性シンガーIngjerd Helénを加入させ、彼女をフューチャーしてポップでシンプルで踊るのに最適なサウンドスタイルに変化していきました。

67年以後、サイケ・ハードロック・プログレと音楽性が多様化していき、その変化について行けなくなり、かつてのポップでシンプルなオールディーズ・ビートミュージックを求めるリスナーは世界中のどこの国でも必ず存在していましたし、そういう希望に応えるのも一つの選択肢だったのでしょうね。
前述の68年のシングルのカバー曲も、もしかしたらそういう意思の元での選曲だったのかもしれません。
そういえば彼らはサイケなアプローチには手を出していませんし、元々シンプルなビートポップをやりたかったんでしょうね。

でも、個人的には時流に乗ってほしかったなー。

ともあれ、Firebeats & Ingjerd Helén名義となって、時折アルバムをリリースしつつ80年まで活動を続けていきました。

なお、13年にBjerke兄弟とBjørnに新メンバーを加えてFirebeats,INC.を再結成しており、旧作のリレコを含むニューアルバム「2」をリリースしています。





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  • Author: Graham
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    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
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