あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

スマートなルックスです
Annaabee-Nox 1966:(LtoR)Ola・Roffe・Hasse・Kenta・Calle

久し振りに広告が出ないうちに更新しました(笑

前回の記事のFirebeatsなんかもそうですが、ここ最近、ずっとCD化を切望していた北欧グループのリイシューが連発したので、妙にやる気になってしまいました。

以前、こんな記事まで書いていますから、今回紹介するAnnaabee-Noxも、数あるスウェディッシュ・ビートのなかでもひときわ異彩を放つ、15年近くCD化を待ち続けたグループです。
シングルを地道に集めようかと悩んだり、本国でひっそり出回っているというブートCDを探したり、彼らにはずいぶん翻弄されたものです(笑
今年のRecord Store Dayの限定プレスという形ではありますが、ついに念願のコンプリートCDがリリースされ、必死でネットを駆け巡って入手しました。

ともあれ、念願のCDをゲットしてからここ数日、Annaabee-Noxヘビロテ中です。
その気になった状態を保ったまま、グループの紹介をしたいと思います。
実は、けっこう前からデータや画像などを細々と集めていたので、わりとすんなり出来上がりました。

前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。


63年2月、Kent Millholt[Kenta](G.Vo)・Rolf Bood[Roffe](G)・Carl-Erik Swartz[Calle](B)の3人でストックホルムで活動開始。
しばらくして、メンバー募集に応募してきたHans Södergren[Hasse](Ds)が加入。
そして、彼らのリハーサル場所だったエステルマルムのユースセンターで、度々顔を合わせていたOla Hammarlundのボーカルに目をつけてアプローチをかけて加入させました。

そして64年1月、正式にこのラインナップで演奏を始めました。

当初、Snuffs・Sparklingなどのグループ名でしたが、最終的にAnnaabee-Noxに決定。
どう言う経緯でこのような奇妙なグループ名になったのかは謎ですが、とにかく他のグループと違う感じにしたかったんでしょうね。
ちなみに彼ら自身、この変なグループ名を気に入っていたわけではなかったそうで(笑
でも、確かに最初に見た時のインパクトという意味では成功していると思います。

同じスウェーデンのShanesやNamelosersのごとき眼が隠れるほどのロングヘア、スマートなファッションと言動、そしてその奇妙なグループ名をたずさえて、WhoやYardbirdsのカバーを演奏していた彼らは、またたく間にストックホルムエリアに知れ渡ったのでした。

スウェディッシュR&Bグループらしい初期
Annaabee-Nox 1965:(LtoR)Hasse・Ola・Kenta・Calle・Roffe

65年にはEMI Columbiaと契約し、同年8月にシングルデビュー。
そして、シングルのプロモーションのため、Shanesらとのパッケージツアーで国内を駆け巡りました。

Annaabee-Noxを評する文章のほとんどに出てくる「Funny」という言葉の通り、まだデビューしたばかりの新人グループの自分たちを目立たせるため、彼らはレインボーカラーの衣装でステージに立ったり、グループ名に負けない風変わりな格好で演奏をしていました。

最強なのは、ある日のステージでベビー服を来たKentaがベビーカーに乗せられて登場し、「Baby Sittin' Boogie」という曲の演奏中におまるに座っておしっこをする真似をしたあと、最後におまるに入ったニセのおしっこ(事前に作って入れてあった)をOlaの頭にぶっ掛けたというエピソードで、後々まで語り草になったのは言うまでもありません(笑

日本人の悪ガキ的なニックネームを持つKenta、わりとイケメンではあるものの何かやらかしそうな目をしていますよね(笑
そう、楽しそうなオモチャを見つけた猫の目のような(笑
赤ちゃん姿の写真とか残ってないのかな(笑

当時、彼らはこういったエキセントリックなステージングを繰り返していたので、パッケージツアーにAnnaabee-Noxと組まされたグループは、彼らの出演後にステージに立つのを嫌がったそうです。
ま、そりゃあそうだろうな(笑

彼らのやらかしたステージは新聞などに書き立てられ、話題にはなったしメンバーはそのことには満足していたそうですが、残念ながらレコードセールスには結びつかず、レコードがチャートを登ることはありませんでした。

66年、そういった事に疲れを感じてCalleが脱退し、Ulf Åslund[Uffe](B)が加入。

67年、マネージメントをTagesが所属するプロダクションに変更。
シングル用にTommy-Göranが書き下ろした曲を提供されたりもしましたが、この移籍は成功したとは言い難いものになりました。

この新しいマネージメントは、なんと彼らにディナーショーをセッティングし、それが嫌で仕方がなかったOlaはリハーサルを拒否。
ただでさえ20代の若いグループにディナーショーをやらせること自体に疑問を禁じえないのに、それまで前述のようなエキセントリックなステージングを行っていたAnnaabee-Noxにそれをやらせようなんて、たちの悪いジョークとしか言いようがありません。
おそらく、あくまでもディナーショー的なステージングを強要されたんでしょうね。
Olaが嫌がったのも無理もありませんし、他の4人も本音を言えばやりたくなかっただろうと思います。

このことが原因でOlaが解雇され、Kentaがボーカル専任にチェンジし、Björn Widing(G)が加入。

サイケ期ラインナップ
Annaabee-Nox 1967:(左端から時計回りに)Roffe・Björn・Kenta・Uffe・Hasse

68年に入ると、フラワームーヴメントの影響を受けたサイケポップをシングルでリリース。
今までで最も完成度の高い楽曲になったものの、やはりレコードセールスは思わしくなくこの試みも失敗に終わり、失意のうちにグループは解散しました。

65~68年の活動期間中、彼らは大きな成功を収めることはできませんでしたが、そのエキセントリックなステージと共に、カルトな人気を獲得して行ったのでした。

僕もそのカルトなファンの一人です(笑




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  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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