あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

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最近、新たにCDをゲットしたため、チェコスロバキアのSynkopy 61と旧ソ連のЦветы[Tsvety]の記事を加筆修正しました。
特にSynkopy 61のほうはかなり大幅に書き換えています。

あとは、CDの入手次第でAtlantisとPrúdyも年内に加筆修正したいのですが、今後の右目の状態次第ですね。

MatadorsやBlue Effect、Framus Fiveなども書き直したいんですが、なかなか実行に移せないでいます(笑

さてさて、どこまでできるやら・・・。


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怪しさ満点(笑

またちょっと久し振りの更新になってしまいました。

もっとも、今回はソ連ものの記事を書くためにCDを取り寄せて、聴いたりデータをまとめたりするのに時間がかかったからだったりしますが。

と言うわけで、今回は旧ソ連のVIAグループを数回に分けて紹介したいと思います。

60年代、ソ連ではロックをレコーディングすることは基本的に不可能でした。
ご想像通り、「プロパガンダ的」な理由です(笑
アンダーグラウンドで、ビートグループを結成して演奏することは可能ですが、レコーディングやツアーを行うことはできませんでした。

しかし、かの国でもビートブームの熱気を抑えきることはできなかったようで、66年にВИА[VIA](ヴォーカル・インスツルメンタル・アンサンブル)の結成・活動を認可するようになりました。
チェコスロバキアなど他の旧共産主義国でも同じですが、国が認可して公に活動が認められるわけで、認可されていないグループは今までどおりアンダーグラウンド扱いでした。

時代によって多少変化がありますが、VIAは基本8~10人編成で、楽曲や衣装などを管理する芸術的指導者がメンバーとして在籍(だいたいグループのリーダーが担当)していました。

VIAとして認可されると、国営Мелодияでレコーディングしてレコードがリリースでき、全国ツアーを行うことが可能になりますが、その代わり楽曲・音量・髪型・衣装、そしてステージでの動きに至るまで厳しい制約があり、アンダーグラウンド勢とは比べ物にならない自由度の低さでした。

それでも、ソ連全土でレコードをリリースしてツアーを行うことができるということは、その自由度を犠牲にしても魅力的だったのでしょうね。

以前に紹介したЦветы(Tsvety)は、そういう意味では革新的な存在で、彼らが既成事実を作り上げてしまったことで、73年以後の他のVIAの楽曲もそれなりにロックらしくなっていきました。

VIAは70年代半ばくらいまで絶大な人気を誇り、巨大な国土と人口を考えてもかなりの枚数のレコードを売りさばきましたが、カセットテープという新しいメディアの登場と、それを使用して自らの楽曲をアピールし始めたアンダーグラウンド勢の台頭により、徐々に過去のものとなって行きました。

VIAに関しては、編成人数が8~10人平均と多い上に、そのメンバーの変遷が激しく、グループによってはリリースデータなどあまり詳細な資料がないものも多く、とてもいつものような詳細な記事をグループ単独で書ききれないので、1回で2~3グループの基本的なことをさらっと紹介するにとどめました。

また、チェコスロバキアなど他の共産国のビートグループと比べると、前述の通り制限も厳しく、サウンド的にはとても同率には並べられないという事実の下で、68~75年くらいの範囲で、60年代ビート/サイケファンに「聴いてみてもいいんじゃないかな?」的なスタンスで紹介したいと思いますので、過大な期待は抱かずに、CDを購入する前に某つべなどで試聴されることをお奨めいたします(笑

また、前述の通り、アンダーグラウンドのグループも多く存在していたわけですが、旧ソ連のロックシーンを紹介した「ゴルバチョフはロックが好き?(原題:Back in the USSR)」によると、当時自らの演奏をオープンリールに録音するという概念がなかったそうで、それらのグループの音源が残されておらず、紹介しようにもできないのが残念なところです。


Поющие Гитары(Poyucshie Gitary)

a2024.jpg

レニングラード音楽院を卒業したサックスプレイヤーАнатолий Васильев[Anatoli Vasilyev] が66年に結成した、VIA最古のグループの一つ。
グループ名は「Singing Guitars」という意味。
初期は6人編成で、後年VIAらしい大所帯になって行きます。
当時、自国でのBeatles的存在として捉えられていたようで絶大な人気を誇り、60年代にアルバムを残した唯一のVIAグループです。
しかし、サウンドそのものは検閲でかなりソフトに毒抜きされており、68~70年の録音曲でもほとんどオールディーズ的な甘口なもので、Beatles的なサウンドを期待するとズッコケると思います(笑
それでも、66年くらいまではロックのレコードをリリースすることを認められていなかったこの国で、いささか牙を抜かれた形とはいえビートグループのレコードが公式に発売されたのは、ソ連の若いポップミュージックファンにとって重要なことだったんだと思います。

70年代の楽曲は、60年代よりは多少ロック的になっていますが、やはりそれでもソフトで甘口で、UK/USロックの感覚で聴くとけっこう辛いものがありますが、それでも印象的な曲がいくつかはあります。

彼らは、68年から76年にかけて国営Мелодияから12枚程度のEP(半分はスプリット盤)、そして69年に唯一のアルバム(10インチLP)を残しています。
また、ソ連初のロックオペラ「オルフェウスとユリディス」の製作にもかかわっており、75年に初演、80年にはアルバム(2LP)もリリースされています。


Норок(Noroc)

a2026.jpg

旧ソ連の構成共和国のひとつであるモルダビア・ソビエト社会主義共和国(現モルドバ共和国)の、モルドバ·フィルハーモニー管弦楽団のメンバーで60年代半ばに結成。
グループ名は「Minks」という意味。

芸術的指導者は、メンバーでメインソングライターのМихай Долган[Mihai Dolgan]で、メンバーは6人編成。
後年メンバーを追加して、VIAらしい大所帯で73年まで活動。

69年にМелодияから4曲入りのEPと、それからカットした2曲入りのワンサイドフレクシEPを残しています。
彼らの代表曲といえる「О Чем Плачут Гитары(What a crying Guitars)」は、業界では評価が高い曲だったようで、後述するГолубые ГитарыやВесёлые Ребятаもカバーしています。

サウンドは日本でいう「GS歌謡」的で、とても69年の作品とは思えないぐらい前時代的ですが、それでもVIAの中では比較的ビートグループらしい空気を持っていますし、VIAが登場して間がない60年代末のソ連で認められた範囲を垣間見ることができる、貴重なサンプルの一つだと言えます。

グループ解散後、MihaiはКонтемпоранул(Contemporanul)を結成。

モルタビアは基本ルーマニア系の人がほとんどなので、キリルからアルファベット表記にするとそれっぽくなりますね。
現モルトバでは切手にもなっていたりします。


Голубые Гитары(Golubye Gitary)

a2025.jpg

最初のVIAと言われるPoyucshie Gitaryの登場に刺激されたИгорь Гранов[ Igor' Granov ]が、69年にモスクワで結成したグループでメンバーは8~13人(笑
80年代半ばには6人くらいになっていたようですが。

グループ名はBlue Guitarsという意味で、ポーランドのCzerwone Gitary(Red Guitars)と同じく、自らのギターを名前にしているというわけです。
たぶん、どちらかと言えばPoyucshie Gitaryへの対抗意識なんでしょうけどね(笑

70年代半ばくらいまで、VIAの中核グループとして人気を誇っていたようですが、82年に当時ソ連が軍事介入していた、アフガニスタンでの軍事慰問ツアーでゴネまくったことで処分されたことと、もはやVIAの影響力が薄れてしまっていた事により84年に解散。
軍事加入した国々が四苦八苦させられた、厳しい環境のアフガンに軍事慰問させるなんて、個人的には彼らに同情しますね。

サウンドは70~71年の3枚のEPの楽曲は、前述のPoyucshie GitaryとNorocをあわせたような印象で、やはりGS歌謡的なサウンドです。
75年以後は女性ボーカルを加えたりしてどんどんソフトになって行きます。


続きでこの3グループの曲が聴けるCDを紹介したいと思います。



【“旧ソ連のグループ(その1)”の続きを読む】 このページのトップへ

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  • Author: Graham
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    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

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