あるにもあらず 過ぐるわが身は

東欧・北欧・中近東など世界の60's Beat/Psych、その合間にコミックなどを紹介しています。 こっそりとやっていますので、こっそりとお越し下さいませ(笑 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
お気に入りの写真です
Olympic 1970:(左端から時計回りに)Petr・Ladislav・Miroslav・Jan Hauser・Jan

新ベーシストJan Hauser加入後、この新ラインナップで再びフランスへ渡り、アルバム「Back To Love」レコーディングを開始。
しかし、一年前と著しく情勢の違うチェコスロバキアのグループのツアーやプロモーションは難しいと判断したのか、フランスのマネージメントはアルバム製作の中止を告げました。

彼らにとって西側での初のアルバムになるはずだった「Back To Love」のリリースは、幻となって消え去ってしまいました。

70年に入ると、フサークによる正常化政策の波が本格的に音楽業界をも飲み込み始めました。
69年には再び徐々に厳しくなって行ったメディア・芸術関係の検閲ですが、年が明けるとそれは非常に偏執・先鋭化して行き、楽曲のみならずグループ名・ファッションにまで及ぶようになり、Blue Effectのような硬派なグループから、比較的無難なポップシンガーのKarel Gottまでくまなく対象にした徹底したものでした。
つまり、当局の言いなりにならないとミュージシャンとしての活動が認められなくなったわけです。
一番有名なのが、あくまでも正常化政策に反対の意向を示したMarta Kubišováへのすさまじく執拗な抑圧で、ミュージシャンとしての活動を禁止されただけでなく、当局の嫌がらせで一般的な仕事にもなかなか就くことができず、幼い娘を抱えたMartaは民主化までの20年近くもの間、苦難の生活を強いられました。

Martaへのすさまじい抑圧を見聞きしていたであろうPetrは、グループを守るために妥協の道を選びました。
ある程度の制作上の自由(とは言っても西側よりも遥かに厳しい)と海外への渡航、そして「Olympic」のグループ名の保持を確保する代わりに、当局が主催するイベントなどでの演奏や政策への同意を強要されたようです。
もちろん、Petrにとっても苦渋の選択だったことは間違いありません。

Olympicの「妥協」を快く思わない人もいたようですが、共産主義の国で生活の糧を確保することは非常に切実なことだったと思いますし、最も実力・人気のあったOlympicが活動停止に追い込まれていたら、チェコスロバキアの音楽シーンはもっと停滞してしまったかもしれません。


そして70年9月、3rdアルバム用のレコーディングを行い、翌71年に入ってからそのニューアルバム「Jedeme,Jedeme」をリリース。
前2作と同じく、Jan Antonín Pacákがデザインと手がけたジャケットに包まれたこのアルバムは、当局の意向に合わせたのかサイケな要素は薄まりましたが、更に磨きがかかったPetrによる楽曲は粒ぞろいで、非常に充実した内容でした。
「Going,Going」という意味深なタイトルはグループ自身、そしてチェコスロバキア国民に向けられたものなのでしょうか?

71年4月、当局が難色を示したことで延期になっていた3rd Czechoslovak Beat Festivalがようやく開催され、彼らも3回連続で出演を果たしました。

その直後、グループに激震が走りました。
Jan HauserとJan Antonín PacákがOlympicからの脱退を表明したのです。
Jan Hauserは、メンバーとも仲良くなり(特にLadislav、そしてファーストネームが同じJan Antonín Pacákとは親しかったそうです)、ようやくグループになじんできた矢先の脱退でした。
そしてJan Antonín Pacákは、職業画家に転向するためと言うのが脱退の理由でしたが、グループで最もアーティスティックな自由人だった彼が、正常化の波の中で制約を受けながら活動を続けることにフラストレーションを感じていたのはないでしょうか?

チャーミングなお方です

アーティスティックでありながらも非常に社交的でお茶目な、そしてPavelが抜けてからはPetrに意見ができる唯一の存在だった彼の脱退は、グループ史上最大の痛手だったと言えます。
作曲には関わっていなかったものの、ジャケットデザインを手がけたり、ドラム以外の楽器もこなすマルチプレイヤーであった彼の存在は、楽曲のコンセプトなどに多大な影響を及ぼしていたようで、彼が脱退後のOlympicの楽曲には、それまであった遊び心のようなインプットが失われてしまっている事を感じさせました。

こういう感覚、好きだな

この画像は70年のシングル「Otázky」のTV番組用の映像での、出発前にJanが「車」のドアから乗り出して錨を取り込んでいる(笑)場面ですが、こういう楽しい遊び心のあるアイデアはほとんど彼によるものだったのではと思います。

Jan Antonín Pacákの脱退によって、Olympicにとって最も大胆で創造的だった時代は終わりと告げたと言えるでしょう。

しかし、Olympicの道はまだまだ続いて行きます。


補記:ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、僕はJan Antonín Pacákが大好きなので、ラストの部分がかなり彼びいきの内容になっています。違う意見もあるかと思われますが、どうかご了承下さい。






Olympicの3rdアルバム「Jedeme,Jedeme」は、70年9月~71年1月にかけてレコーディングされ、前2作同様Jan Antonín Pacákがデザインを手がけた、彼ら初のゲートフォールド仕様のジャケットに包まれて、71年にSupraphonからリリースされています。

a374.jpg

「Jedeme,Jedeme」とは「Going,Going」という意味で、ジャケットにも気球・飛行機・自動車・自転車が、そしてバックカバーには蒸気機関車がその象徴として写されています。
面白いのはその「前に進む」というコンセプトの象徴としては、71年当時としても各機体のチョイスがあまりにもクラシカルなことで、その戦前のポートレートのようなたたずまいはむしろコンセプトと逆行しているような印象です。
もしかしたら、自由化への波を「正常化」とのたまって元に戻してしまった当時のチェコスロバキアの政治体制に対する絶望感と皮肉を、こっそりと織り込んでいるのかもしれません。
ま、単にJanの好みだったのかもしれませんが(笑

いずれにせよ、Jan Antonín Pacákの先鋭的なセンスが光る、いろいろと想像を膨らませてくれるジャケットだと言えます。

すでに当局の検閲が厳しくなっていた70年後半からのレコーディングと言うこともあり、相変わらず独特のほの暗さのあるサウンドではあるものの、前2作と比べるとサイケな要素は薄まり、わりとポップですっきりとした印象があります。

このアルバムや同時代のシングルが「すっきりとした」印象を感じさせるもう一つの要素が各楽曲のタイトルで、一単語のみのシンプルなタイトルの比率が高くなっている(特にシングル)ことで、前2作の曲目を並べてみると一目瞭然です。
おそらく、当局の検閲にうかつに引っかからないよう、いかにも意味深なものや刺激的な言葉を避けた結果そうなったのではと思われます。
ま、そう言いながら「Dynamit(ダイナマイト)」なんてタイトルもありますが(笑
Olympicは制作上の自由がある程度認められていたようですし、そうでなくてもうまく当局を丸め込んだんでしょうね(笑

前作まで作詞を手がけていたPavel Chrastinaが脱退してしまったため、このアルバムではEduard Krečmarと、「Pták Rosomák」収録の「Ikarus Blues」にシタールで参加したZdeněk Rytířの2人が作詞を担当しています。

相変わらず素晴らしい作曲センスを見せてくれるPetrの楽曲が粒ぞろいなのもあって、全体的にはポップですっきりとした印象を受けますが、じっくりと聴いてみるとさまざまな音楽スタイルを取り込んだ凝ったアレンジが施されてあり、特にジャズ的なフレーバーを強く感じさせ、ある意味ではこのアルバムも一つのジャズロック作品だと言えるかもしれません。

新加入のJan Hauserはもともとジャズ的なサウンドのApollobeatからの移籍だったため、ジャズドラマーであったJan Antonín Pacákとはウマが合ったそうで、この2人がリズムセクションを担当したことも、ジャズ的なフレーバーを増す要因になったのかもしれません。

加えて、このアルバムのセッションに元Jazz Q PrahaのリーダーJiří Stivínがゲスト参加(3・4・8・9)していることも影響しているでしょうね。

そして、このアルバムや前後のシングル曲で印象的なのが、Jan Antonín Pacákの気合の入った素晴らしいドラムプレイと、ボーカルでのフューチャーの比率の高さ(4・12・14・18・20)です。*4・18・20は他のメンバーとのツイン及びトリプル

ハイハットを強く響かせるのが特徴の、メリハリのあるシャープなプレイが彼の持ち味ですが、それにしてもこのアルバムでの演奏の力強さは特筆に価すると思います。
このアルバムをレコーディングした頃にはすでに脱退することは内々に決まっていたことは間違いなく、有終の美を飾るべくの力強いプレイ、そして彼の貢献に感謝してのボーカルのフューチャーだったのでしょうね。

ちなみに、このアルバムまでがステレオ・モノ両方でリリースされています。


このアルバムも、前2作と同じくスリップケース付きでボートラが追加されたゴールドCDが、一番入手しやすく音質もいいのでおすすめです。

a375.jpg

Jedeme,Jedeme -Zlatá Edice- (チェコSupraphon SU5536-2)`05

ボーナストラックは69~71年のアルバム未収録のシングルと未発表曲が1曲が収録されています。
この時期の楽曲がいかに完成度が高かったかが良くわかるし、最もまとまりがあって聴きやすいので、個人的にまずOlympicを聴くのならこのCDをおすすめしたいところです。

1~10までがアルバム本編、11~20がシングル&未発表曲です。

a376.jpg

蒸気機関車のSEでオープニングを飾る、Olympicらしいつんのめるようなビートの1、ディキシーランド・ジャズの香りのするノベルティなサウンドの2、Jiří Stivínのフルートが響き渡る幻想的で美しい前半から、力強い後半に展開していく3、このアルバムで最もユニークで完成度が高い、Jiříのつば吐きフルートとJanのドラムのスリリングなツインソロが素晴らしい、ややプログレッシブな4、Olympic版「Hey Jude」と言える5、重厚なホーンから始まりつつ、なぜかエンディングに向けて徐々にコミカルになっていく6、Ladislavが久しぶりにリードを取る7、「どんだけパリが好きやねん!」と突っ込みたくなるメランコリックな8、このアルバムで唯一シングルカット(B面は18)された、クラリネットとフルートの響きが素敵な9、曲自体はいつものOlympicスタイルですが、しつこいくらいエンディングを繰り返したあと、Janのいたずらっぽい高笑いで終わる変な10、…といった感じの、あっという間に聴き終わってしまうような感覚になる、ポップかつストレンジな楽しいアルバムです。

ボーナストラックは、11&12がPavel脱退後初の69年のシングル、20&13・14&15が70年のシングル、16&17・9&18が71年のシングル、そして19が70年9月のアルバムセッションでレコーディングされた未発表曲です。

以前のスタイルに最も近いが、2と同じくディキシーランド・スタイルのスピード感のあるビートが楽しい11、ほろ苦いJan Antonín Pacákのボーカルがメランコリックな12、流麗なフルートに導かれた繊細な1stヴァースから、サビに向けて力強くなっていく13、お茶目なJanのボーカルとコミカルな曲調が楽しい14、クラリネットとオーケストラのバックにしたダークで荘厳な15、Jan Hauserが在籍中に提供した唯一の作品で、わりとOlympic的なサウンドと合致した16、Petr作にしてはやや単調で、新メンバーのJan Hauser作のB面に回したのもうなずける17、15と近い荘厳さを持った、PetrとJanが交互に取る(Janにキーを合わせたためか、Petrには低すぎるようでちょっと苦しそう)やや演劇的なボーカルが印象的な18、アルバムセッションでレコーディングされた、牧歌的でやや印象の弱い19、Miroslavお得意のヴギウギ・ピアノが楽しい、これまたディキシーランド的なパワフルなポップで、ラストでほんとにどか~んと爆発して終わる20、…という感じです。
ラストに20を持ってきた編集センスはなかなかのものです(笑

あと、69年にパリでレコーディングされたものの未発売に終わったアルバム「Back To Love」ですが、チェコ本国にマスターが現存しているようで、以下のCDに一部収録されています。

Olympic Singly Ⅲ (チェコBonton 71 0565-2)`97 
“Back To Love”収録

Olympic Komplet (チェコSupraphon SU6015-2)`09 14CD-Box
Disc14:Rarity
“Čekám Na Zázrak” “Tramp”収録

また、去年アルバム音源をまとめたアナログが本国でリリースされています。
「Pták Rosomák」と「Jedeme,Jedeme」の時期の過渡期を思わせる、非常に興味深い内容なので、これのCDがリリースされればいいのですが…。


個人的にお気に入りの曲が多い時期であることと、書く前から予想はしていたもののJan Antonín Pacák大賛歌になってしまったことで、かなり長くなってしまいました(笑

僕にとってのOlympicは基本的にはここら辺までなのですが、この先もちょっと外せない曲があるので、72年くらいまでの流れと、その後を大まかに…という感じで書きたいと思います。


このページのトップへ

コメント

この度は本当にお世話になりました……(笑)

Olympicの"Pták Rosomák"とこの"Jedeme, Jedeme"はこの二週間ほどでもう何度聴いたかわかりません。ここ数年でソフトなポップ(いわゆるバーバンク系とか、ね。)が苦手になってしまった僕としては、ビートの強さとウィットに富んだアレンジ、そしていい曲がズラリ並ぶこの時期のOlympicはかなり理想的なポップグループと言えます。

"Jedeme, Jedeme"に限定して言うなら、ボーナス含めて「もしもブルースロックが流行していなかったら」という仮定を当てはめる格好のサンプルにもなりそうなポップさが嬉しいです。ジャズの風味は感じても、ほぼ同時期のBlue Effect "Meditace"の様な味があまり無いのが凄く興味深いんですよ。いや、"Meditace"も大変好きという前提で(笑)

それと"Pták Rosomák"と両方に共通している「過渡期の状態で完成された様な雰囲気」も大変好きです。成熟からの完成より魅力を感じてしまう。ビートルで言うと"Revolver"、バーズでいうと"5D"が好きな僕にはかなり響きましたよ。

そして僕もすっかりJan Antonín Pacákという人物にヤられてしまっています。気さくな才人!

  • 2012/04/24(火) 22:02:04 |
  • URL |
  • 深井 歪 #xtsQx3EI
  • [編集]

†深井 歪さん
いえいえ、気に入っていただけたようで良かったです。
当時のチェコスロバキアでも、Beatlesや当時の西側のグループの影響を少なかれ受けているわけで、Olympicもまたそうなのですが、彼らのすごいのは楽曲そのものよりも、Beatlesのさまざまな音楽性を取り込む貪欲さや「遊び心」に着目して、自分達のサウンドに反映させているところです。

そんな彼らはジャズのフレーバーを取り込むにしても、あくまでも「ロック」「ポップ」を引き立たせる形で使っていますよね。
Blue Effectのほうが若干西側の影響を「ストレート」に受けているように感じます。
Olympicはそこら辺の影響の受け方に「ねじれ」があるんですよね。

Olympicのそういう「ねじれ」のようなものは、やはりJan Antonín Pacákの存在を強く感じずにはいられません。
「過渡期の状態で完成された様な雰囲気」というのにも、そういう時代なのに加えて、おおっぴらに具体的なレコーディングテクニックなどの情報が入ってこない中で、彼らなりに試行錯誤を重ねた結果なんでしょうね。
そういう魅力を感じるのは、ある程度閉鎖的な環境にあった東欧だったからこそ、ある意味ほとんどゼロスタートでの実験の成果に「なってしまった」面もあるでしょうね。

Janはどう見ても与えられたものをそのまま使うタイプではなさそうですから、「こんな風にやってみたらどうだろう?」とかニヤリとして大胆な事を言っていたのではないでしょうか?

彼の在籍していた71年までのOlympicのサウンドこそが、僕にとってのOlympicだったりします。

  • 2012/04/25(水) 14:13:38 |
  • URL |
  • Graham #rB4BsSMs
  • [編集]
このページのトップへ

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

このページのトップへ

FC2Ad

Information

Graham
  • Author: Graham
  • 日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
    翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
    この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

    コメント記入時、ホムペ・ブログなどのアドレスを記入すると投稿できないようにしてありますのでご注意下さい。

Search

Calendar

10月 « 2017年11月 » 12月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

 

プロフィール

Graham

Author:Graham
日本語での情報の少ない、60年代の東欧・北欧・中近東などのBeat/Psychを中心に紹介しています。
翻訳・編集に時間がかかるので更新は激烈にスローです(笑
この自画像は、漫画友達の「ゆったりの間」管理人さん冬灯紗沙さんに描いて頂いたもので、さり気に対になっていたりします。

コメント記入時、ホムペ・ブログなどのアドレスを記入すると投稿できないようにしてありますのでご注意下さい。

FC2カウンター

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

フリーエリア

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。