あるにもあらず 過ぐるわが身は

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Tsvety 1973:(左上から時計回りに)Yuri・Stas・Sergei・Alexander


想定外の事態で、Marta の記事のまとめ直しをせざるを得なくなってしまったため、当面先送りにして他のものを取り上げて行くことにします。

今回は初の旧ソ連もので、日本でもわりと知られているStas NaminのプロとしてのスタートになったグループЦветы(Tsvety)です。
Tsvetyのレコードは70年代のリリースではありますが69年結成ですし、当時のソ連のVIA(国家公認ヴォーカル・インスト・アンサンブル)としてはあらゆる意味で毛色が違うグループですので、あえて紹介したいと思います。
というか、60年代というくくりに限定すると、ソ連のグループって「お奨め」って形で紹介しづらいんですよね(笑

名前は基本的に最初以外は英語表記で書いて行きます。

51年モスクワ生まれで、少年時代からクラシック・ギターを習っていたというСтас Намин(Stas Namin)は、13歳の頃に最初のグループを結成し、陸軍士官学校時代にもまた別のグループを結成して活動していました。

そして69年、19歳のStasが結成したのがTsvetyでした。

「Flowers」という意味を持つTsvetyは、当初はStas(G)・Александр Лосев(Alexander Losev)(Vo.B)・Юрий Фокин(Yuri Fokin)(Ds)の3人編成で、後にСергей Дьячков (Sergei Dyachkov)(Key.Vo)が加入して4人編成になり、75年の活動停止までこのラインナップで活動しています。

プロとして活動するようになったのは73年になってからで、同年に開催されたコンテストで優勝して、国営Melodiyaレーベルでのレコード製作の権利を得たことでチャンスをものにすることになりました。
同年リリースされた1stEPは、当初はペラペラのFlexi Discでリリース(のちにヴィニールで再プレス)され、700万枚という爆発的なヒットになりました。

新人グループのデビューEPがこれだけの枚数を売ることができたのは、彼らの楽曲のサウンドが非常に西側的なセンスで制作されていたことと、Stasの存在によるものが大きいと言えます。

当時、VIAはレコーディング・ツアー・TV&ラジオ出演など、国家の支援を得ることができる代償に、楽曲・ステージ衣装やその振る舞いに到るまで厳しい規定に縛られていました。
そういった制限の中で制作された楽曲は、ワイルドなビート感を排除され、ロシアの民謡やプロレタリア賞賛的な歌詞を取り入れた、西側レベルで言えばとてもロックとは言いがたいシロモノがほとんどでした。
ただ、ロックという枠にこだわらなければ、ほとんどのグループは演奏もうまいし楽曲自体はなかなかいいと思います。

しかし、Tsvetyのサウンドとファッションはほとんどその規定に準じておらず、多少ソフィスケートされているとは言え、69年~70年代初頭の西側のグループのたたずまいで、そういう要素を渇望していたソ連国内の若者たちが、この国産初のロックサウンドに飛びついたというわけです。
また、当時の厳しい規定をすり抜けて、これだけロック的なレコードを制作できたのは、ソ連共産党の中央に強力なコネを持ち、情熱的な野心と手際のいい交渉テクニックを持ち合わせたStasの存在が大きかったのでした。

Stasの本名は Анастас Иванович(Anastas Mikoyan Jr)、彼は何と古参のボリシェヴィキで、フルチショフ時代の最高幹部だったアナスタス・ミコヤンの実の孫なのです。
当時のブレジネフ時代にはすでに疎外されていたとは言え、この祖父の存在は大きかったようで、この絶大なコネと巧みな説得術で、渋る文化省の役人を説得させたことで実現できたのでした。

74年には4曲入りの2nd EPをリリース、同年から75年にかけてソ連全土をツアーで回りました。

このツアーが話題となり、モスクワの新聞で「モスクワのBeatles」と評されたことが、Tsvetyの活動に暗雲をさすことになりました。
規定を守って活動している他のVIAへの体面もあり、いくら大物幹部の子息とは言え見過ごすことができなくなったソ連文化省は、「西洋思想のプロパガンダ」と「ヒッピー」を匂わせるという理由でTsvetyのグループ名の使用と活動の禁止を言い渡したことにより、75年に活動停止せざるを得なくなってしまいました。

また、2枚のEPの楽曲も放送禁止になったようです。

しかし、彼らのレコードがリリースされたことである種の既成事実ができて、これ以後のVIAの楽曲が若干ロック的になって行き、結果的にとはいえVIAの規制の手綱を少し緩めさせた功績は決して小さくないと思います。


ほとぼりが冷めた76年ごろから、Stasは再びメンバーを募ってグループを再編し、Tsvetyの名前は使用ことができなかったため、Stas Namin Group名義で活動を始め、ゴルバチョフ時代に日本でも来日公演を行い、89年に活動停止。
そして99年に再々結成し今度はTsvety名義で活動、09年にはAbbey Roadスタジオ録音のアルバムをリリースしたりと、現在もマイペースな活動を続けています。




Tsvetyは前述の理由により活動期間が短かったため、当時残された音源はEP2枚の全7曲のみです。(Stas Namin Group期は除外)

1.Не Надо (Do Not)
2.Есть Глаза У Цветов (Do The Eyes Of Flowers)
3.Звездочка Моя Ясная (Clear My Star)
4.Честно Говоря (To Tell The Truth)
5.Ты И Я (You & I)
6.Больше Жизни (More Life)
7.Колыбельная (Lullaby)

「ソ連のBeatles」などと評されていたようではありますが、実際のサウンドはスワンプ的というか土臭さを感じさせるサウンドで、70年代前半のソ連でこういったスタイルでレコーディングしたという事実には、やはり驚かされてしまいます。
ヴォーカルはベースのAlexanderがとっており、時に井上陽水っぽさも感じさせる朗々としたコクのある歌を聴かせてくれます。

1~3が73年のEP収録曲で、Sergei作のスワンプ的な1が最も西側的なスタイルの曲で、完成度も一番高いと思います。
2と3は一般的なVIAの楽曲に近いものがあるものの、それでもやはり当時のソ連のものとしては異例だと言えるポップバラード。
2&3のようなメロウな楽曲を収録することで、何とか文化省の役人を説得したStasの苦労を感じさせます。

4~7が74年の2ndEP収録曲で、切実なタイトルからすると妙に軽快な、「Lady Madonna」をややスローにしたようなノベルティっぽいSergei作の4、1に近いスワンプ的なAlexander作の5、彼らの楽曲中最も重いサウンドでありながら「氷の世界」期の陽水っぽさも感じさせる6、これまた陽水の重暗いフォークスタイルを思わせる7・・・といった感じです。

僕はそれほど当時のソ連のグループに精通しているわけではありませんが、6のような重い楽曲はVIAとしてはタブーだったはずで、よく文化省の役人が承諾したものだと思います。

ちなみに、Stas Namin Group以後の曲は、再活動直後の77年の音源ならギリギリいけるかなという感じです。


これらの楽曲は、以下の2種(パッチもんを入れると3種)の編集盤で聴くことができます。

a417.jpg

Группа Стаса Намина. 1972-1979
(オーストリアSNC Records 4010)‘95

SNCはStas本人が運営しているレーベルなのですが、にもかかわらずこの編集盤はアンオフィシャル扱いになっています。
どうやらMelodiyaに音源使用の許諾を取らずにリリースしたものらしく、リリースした後にもめたのかも知れません。
そんな経緯のせいか、あんまり多く出回っていないようで、残念ながら現在では入手が難しいようです。
厚手のブックレットに詳細なライナーとデータ、そして数多くの写真が掲載されており、入手が難しくなければこれが一番お奨めです。

このCDには、カウンターフィットの粗悪なパッチもん(CNS 6010といううさんくさい番号です)が出回っていますので要注意です。
ジャケ画像はオリジナルと一緒ですが、ライナーは二つ折りで中は白紙、途中からタイトルと違う曲が収録、1曲目(上記曲目の3)が途中で跳ねる・・・とかなり雑な仕上がりのパッチもんなので要注意です。
一応上記1~7がきちんと収録されているので、せめてこの跳ねるのが73・74年の曲でなければ代用品になるのですが、残念ながら73年の曲なのでお話になりません。

商品名とジャケット画像が同じなので判別がしにくい場合もありますので、海外通販などで購入する時は、問い合わせてSNC-4010の方のCDかを確認して、違ったり「未開封で外には表記されていない」と言われたらやめた方がいいと思います。
僕はSNC盤だと思い込んで確認しなかったのでやられました(笑

このSNC盤の他に、以下の編集盤も流通しており、こちらのほうが入手し易いかも知れません。

a2032.jpg

De Luxe Collection (ロシア Dream Sound ナンバー表記なし)?

再結成後の写真を使った紙1枚のジャケ、曲目だけでクレジットなどのデータの表記なし、リリース年もレコ番も記載されていないという、どこがデラックスやねん!とツッコミたくなる、これまたチープでパッチもん臭が香るブツですが、フェイドアウトのカットがやや早いものの、楽曲はきちんとオリジナルの音源が曲目どおりに収録されており、途中で跳ねて収録された曲もなく、音質も意外と悪くないと思います。
上記の73・74年のEPの7曲全て収録されていますし、価格も安いのでSNC盤の代用品になりえます。

とまあ、ロシアらしい怪しげなリリース状況だといえますが、お願いだからまともな形でリイシューして欲しいものです(笑

オフィシャルのCDの音源は全て近年の再録音で、Melodiya音源を使用したものはないようですが、Abbey Roadスタジオでレコーディングされた以下のCDに収録された再録音はオリジナルとほぼ同じアレンジで演奏されているので、どういうものだったかを聴くのにはいいかなと思います。

a418.jpg

Назад в СССР[Back In The USSR](ロシアSNC 8002-3)‘09 2CD




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