あるにもあらず 過ぐるわが身は

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Keldriline Heli 1971:(LtoR)Härmo・Viljar・A.Talvik・A.Valkonen・Logle・Tiit・Ants

今回は初のエストニアのグループ、短命だったものの素晴らしい音源を残したビートサイケグループ、Väntorel(Keldriline Heli)を紹介したいと思います。

70年夏、Andres Valkonen(Key)・Andres Talvik(Vo)の2人によってタリンで結成。
ほどなくしてHärmo Härm(G)・Tiit Plaks(Ds)が加入、さらに最初のリハーサルの時に、Valkonenの地元の友人Logle Alpius(Vo)・Viljar Rähn(G)が加わり、新聞の募集広告を見たAnts Rand(B)が加入してメンバーが揃いました。

結成当初はKeldriline Heli(Cellar-Like[basement] Sound)というグループ名で活動していたそうで、Brian Epsteinの著書「A Cellarful Of Noise」と、彼らがリハーサルで使用していたタリン大学の地下室(sellar)をもじったものだとか。

彼らのレパートリーは、ほんの少しのカバーを除くほとんどがメンバーのオリジナルで、他のエストニアのグループよりもシリアスな空気を意識していたそうです。
また、グループのイメージしたサウンドを再現するため、Härmoによって自国製のRetacordオルガンを改造したり、自前でアンプを製作したりもしたそうです。

ロングヘアーにサイケファッションに身を包んだ、(ソ連としては)反社会的なスタンスの彼らの人気が高まるにつれて、すぐに当局からの圧力がかかるようになりました。
71年春のコンサートの後、彼らはコンサートの開催・リハーサル場所の使用、そしてKeldriline Heliというグループ名の使用を禁止されてしまいました。

ソ連では、当局からの公認を得たグループのみが、厳しい制限の元でコンサートや楽曲の録音・レコードの販売を許可されており、アマチュアのグループは音楽的な制限がない代わりに、コンサートなどで利益を得ることは禁止されていました。

ところが、エストニアではソ連の強引な吸収への反抗心もあってか、コンサートでの制限などがかなり甘かったようで、ソ連内としては驚くような、西側のスタイルをストレートに出した活発なミュージックシーンがありました。
特に驚かされるのが、アマチュアのグループの演奏をテレビ・ラジオ局がレコーディングを積極的に行っていたことで、多くのグループのかなりの録音が残されていることは特筆に価すると思います。
また首都タリンでは、海を挟んだお向かいのフィンランドの電波が受信できるため、テレビやラジオから情報をストレートに得ることができたことで、本格的にカバーしたり歌詞を自国語に書き換えたりなど、モスクワとは段違いのレベルで再現できていたことも、エストニアのグループの特色といえます。

そのエストニアで当局に目をつけられるということは、かばいきれないほど彼らが悪目立ちしたのだと思われます。

彼らはグループ名を変えて活動することにして、自作曲の「Ma Olen Nahktiibadega Väntorel(I Am A Barrel Organ With Leather Wings)」から取ったVäntorel(Barrel Organ(脚に車輪のついた、手回し式の移動式オルガン))と変名し、この曲をアンセムとして取り扱うようになりました。

Väntorelと名乗るようになった71年の夏ごろから、コンサートができなくなった代わりとして、エストニア国内のダンスパーティーなどで演奏するようになりました。

9月に彼らはレコーディングの機会を得ました。
グループの厳しい状況を考えると、彼らがレコーディングを行って音源を残すことができたのは、奇跡的な幸運だったといえます。

変名後も続いた当局からの圧力や、創作によるストレス、それらはメンバー間の友好関係にひびを入れていきました。

そして71年の終わり、Väntorelは短い活動に休止符を打ちました。


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a2117.jpg

Keldriline Heli/Väntorelは、SGT.Pepper'sをVanilla Fudgeが演奏したようなアンダーグランド臭漂うビートサイケで、ワウワウペダルを使用した逆回転ギターを模したようなハードなギタープレイと、男女のポップなヴォーカルハーモニーをごった煮にした、凝った構成の楽曲が彼らのサウンドスタイルでした。

当局の圧力を執拗に受けていたグループとしては、15曲もの録音を残せている事実には驚かされてしまいます。
エストニアではテレビ・ラジオ局でアマチュアグループの録音を積極的に行っていたので、多くのグループの音源が残されているのですが、実質2年弱の短い活動期間を考えると多くの楽曲を残せていると言えます。
ソ連自体はともかく、エストニア内では非常に評価の高いグループだったことを伺わせます。

71年の9月、最初に作曲家Enn Laidreの自宅でワンテイクで録り、翌日エストニアのテレビ局でヴォーカルを追加収録して完成されました。
この時のオリジナルマスターは、マネージャーの不手際によって現存しないそうで、
どうやらテープの不足により再利用され、録音は消去されてしまったそうです。
幸いコピーマスターは残っていたようで、それを元に97年にカセットとCD-Rでリリースされ一般に陽の目を見る事になりました。

これらがこの時に残された15曲です。
1. Loodus [A.Valkonen-A.Talvik]
2. Inimesed Vaatavad Merele [A.Talvik-A.Talvik]
3. Väsimus [V.Rähn-V.Rähn]
4. Ma Olen Nahktiibadega Väntorel [A.Valkonen-H.Raivet]
5. Maailm Ilma Rohukõrreta [A.Valkonen-Keldriline Heli]
6. Kollaste Lillede Org [A.Valkonen-H.Raivet]
7. Kuusiku Metalne Lainetus [A.Valkonen]
8. Julgus [A.Talvik-A.Talvik]
9. Kas Sa Suudad [V.Rähn-V.Rähn]
10.Otu Ja Mari [V.Rähn]
11.Hot Sun [A.Valkonen-H.Raivet]
12.Hääled [V.Rähn-V.Rähn]
13.Sa Tulid Tuppa [A.Valkonen-J.Liiv]
14.Väntoreli Lein [A.Valkonen-Keldriline Heli]
15.Kotkalend(El Condor Pasa)

彼らのレパートリーは15を除く全曲がオリジナルで、Andres Valkonen・Andres Talvik・Viljarの3人によって書かれています。

Andres Valkonenは変化に富んだ構成の美しく荘厳な楽曲を書いており、1・6・7などは素晴らしいできばえです。
また、19世紀後期~20世紀初頭のエストニアの詩人Juhan Liivの詩に曲をつけ、ドラマティックで緊張感のある演奏をバックにしたスポークンワードの楽曲もあり、彼らのグループとしてのスタンスを感じさせます。

Andres Talvikはヴォーカリストらしいキャッチーで明快な作風で、ポップなビート・サイケ8が特に良いです。

Viljarはワウギターを活かした3・10のようなハードな作風ですが、9のような渋いカントリー・ロックも書いています。

唯一のカバーの15は、特に珍しいネタではありませんが、未聴なので一応聴いてみたいものです。

彼らの楽曲は、エストニアのグループでもずば抜けて良く、Virmalisedと並んで60年代中期~70年代初期のビート/サイケグループの代表的存在だと言えます。
当局に目をつけられていた彼らの楽曲を、自分たちの危険を引き換えてもレコーディングを敢行した、エストニアのテレビ局の功績も非常に大きいと思います。

そのおかげで、現在これらのマテリアルを聴くことができるのですから。

これらの楽曲は、前述のとおり97年のSalumuusikのカセットとCD-Rが最初のリイシューですが、さすがに現在は入手が難しいです。
しかし、14年にカバーの15以外をコンパイルしたコンピレーションがリリースされており、日本では入手に手間取るものの現在でも入手可能です。

a2118.jpg

Same(エストニア Frotee FRO003[LP]/FROCD1[CD])`14

こちらはLP/CDでのリリースで、秘蔵フォトと詳細なライナーつき。
CDはライナーも含む3面折りたたみデジパック仕様で、カバーとは言え1曲欠落があることを考慮しても、こちらの方が圧倒的に魅力的なパッケージです。
前述の通り、お世辞にも入手がしやすいとは言えず、日本ではごく一部のショップが少数入荷しただけのようなので、今後入手を考えている方は海外通販で入手される方が手っ取り早いと思います。

エストニアのグループの中でも、個人的にビート/サイケファンにおすすめの1枚です。



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